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ガラスのコップ
瑛二からの電話は無視し続けた。子供の頃の身勝手さや、強引さの延長を続ける瑛二に私は腹立たしさを感じた。
先生から週に1-2度食事や泊りの誘いがあった。
激しく愛し合うこともあれば、映画を観たり、ただおしゃべりをして過ごすこともあった。
一緒の時には、先生の腕の中で過ごした。
そしてほのかとも、一緒に遊びに行く機会が増えた。何故かそこにはいつもリョウが一緒に付いて来た。
リョウは会うたびに私の化粧や私服を勝手にチェックしては、ケチを付けてきた。
私は熱海の先生の自宅に誘われた。
「花火大会を見に来ませんか?お友達も一緒にどうぞ。」
ほのかとリョウを誘い、花火大会のある8月に合わせた。私は2週間休みを貰った。
先生の自宅にお邪魔するのは初めて。
ほのかとリョウは途中から現地集合だ。
先生と一緒に熱海へと新幹線で向かった。1時間ほどの旅だったが快適だった。先生は私の隣で本を読み、私はクラッシックを聞きながら、窓の外を眺めた。
町から少し離れているので、ピアノはいつ弾いても良いし、海は徒歩で10分程のところにあり、ゆっくり出来ますよと先生は言った。
熱海は、家族旅行で何度か来たことがあるがそれ以来だった。風情のあった駅だったと印象があるが、今はすっかり綺麗になっていた。
「迎えが来ています。」
見ると黒のレクサスが止まっていた。近づくと運転席から老人が出てきて、おかえりなさいませ お坊ちゃまと、先生の事を呼んだ。先生からの荷物を受け取った。
…お坊ちゃま。
ミナカタさんは父の時代から運転手をして貰っているので、この歳になってもそう呼ばれてしまうんです。先生は苦笑いをした。
「ケイスケお坊ちゃまは、私にとっては、“お坊ちゃま”でございますから。」
先生はほらね…という顔をしておどけて見せた。私は笑った。南方は私の顔をちらりとバックミラーで見た。南方は無言で郊外へと車を走らせた。
立派な門の前で車を停めた。
年代を感じさせる表札。
「伏見」
玄関を入ると砂利道が続く。
足元に気を付けて下さいと、先生は南方から荷物を受け取った。
大きな日本庭園が広がり、その奥に母屋が見えた。
驚きすぎて声も出ない。
「怜奈さん…こちらです。母屋は大きすぎるので、今は離れを使っています。」
先生が、人前で私の名前を呼んだのは初めてな気がする。
「はい。」
「では、お坊ちゃま、怜奈さん、失礼します。」
南方はそう言って車へと戻った。
“離れ”と言っても、とても大きく和洋折衷の明治時代に出てくるような屋敷だった。
「普段はこちらを使っています。」
…いやいや…離れでも、私が子供の頃住んでいた家より一回り大きい。
玄関を入ると広いエントランスが吹き抜けになっており、大きなシャンデリアが飾ってあった。左右にはカーブする階段が2階へと続いていた。
エントランスはそのまま広いリビングルームへと続き、大きな暖炉と、焼き立てパンのようにフカフカなソファとテーブルが置いてあった。
「こちらへどうぞ。」
リビングルームを通り過ぎ中庭がある廊下を通った。ダイニングの前を通り、寝室へと案内した。
キングサイズの大きなベッド、テレビが置いてあった。窓からは母屋が見えた。寝室だけで、私の住んでいるマンション程の広さがあった。
「荷物は、クローゼットの中に入れて下さい。」
先生がクローゼットを開けると、ナイトガウンと、パジャマや室内着が掛かっていた。浴衣が数枚と下駄もあった。
「もうすぐ花火大会ですし、あなたは多分また持ってきて無いと思ったので。足りないものがあったら教えて下さい。」
先生はパタンとクローゼットを閉め笑った。
部屋ゆっくりと歩き回る。
奥にはトイレとバスルームが別々についていた。バスルームには大きなバスケットがあり、その中にはシャンプーやタオルなどが置かれていた。
「部屋に置いてあるものは自由に使って下さい。さあ部屋を案内しましょう。」
ベッドルームの隣のドアは、ピアノがある部屋へと続いた。暗かったカーテンを開けると、とても明るい間取りで、テラス戸からはポーチへと出ることが出来た。
そこから母屋へと続く広い庭へ降りられるようになっていた。ソファーがひとつ、小さなサイドテーブルとピアノだけ。
グランドピアノ…が小さく見える部屋。
「ピアノは、いつでも好きなだけ弾いて下さいね。」
「先生の寝室は?」
こちらですとピアノルームを隔てた反対側を指さした。部屋に入るとわずかに先生の香りがした。
「先生の匂いがする。私この寝室で一緒に寝たいです。」
先生は笑った。私の部屋と作りは全く同じだった。その先は先生の仕事部屋になっていた。
デスクには、パソコンの大きな画面が目についた。
書類が沢山あったが、綺麗に整理されていた。
…私なんて楽譜を整理するのすら面倒なのに。
その先は廊下になっており,向かい側には書斎があった。本は床から天井まで色々な種類の本が並んでいた。
奥に引き戸が見えた。
そこを開けると渡り廊下があり、露天風呂があった。
「温泉!凄い。」
渡り廊下は母屋からも伸びており、行き来できるようになっていた。
「温めですけれど、一応温泉です。好きな時に入って下さい。これでもやはり、僕一人で住むには少々広すぎますけれど。」
先生は笑った。
「母屋にはピアノが無いので、あなたと僕は離れの寝室を使いましょう。」
私は屈みこんで温泉の温度を調べた。冬は寒そうだが、夏はゆったりと入れそうだ。
ピアノの練習を夜もされるでしょうから、お友達の寝室は母屋の寝室を使って貰おうかと考えていますと言って、先生は意味深な笑みを浮かべた。
「夜も、気兼ねもなく何時間でも好きなピアノを弾いてて良いんですよね。」
私はちょっと意地悪く返した。
「田舎の夜は長いですからね…どうでしょうね。」
先生はパッと私を抱きしめて笑った。
「きっとベッドで過ごすことも出来ますよ。」
先生はこの休暇後、出張で北米へ1ヶ月間 行く予定だ。それが少し憂鬱だった。
「あなたは、お好きなだけここで過ごして下さい。」
先生は母屋と離れの2つの鍵を渡し、これはずっと持ってて頂いて結構ですと言った。
私は、ポカンとするしかなかった。
食事は毎日、南方さんの奥さんのケイコさんが作りに来てくれますと先生は言った。
…料理が出来ないといったから?
先生はそれを察してか、キッチンがありますからご自分で作っても良いですし、食事に出ても良いですしと付け加えた。
「何か用があれば、南方さんにお願いしてください。呼ばなければ誰もここには来ませんので。」
私をしっかりと抱き寄せた。
先生と一緒に海岸沿いをジョギングをするのが日課だった。朝食を食べた後、先生は仕事部屋に籠り、私はその間ピアノを弾いた。
窓を開けると裏山からの風が森林の香りを運び、昼間は海の香りがして、涼やかだった。
譜読みをしながら、ソファでうたた寝。
性懲りもなく 昼寝落ちする私…を、先生は見つける度に抱き上げ寝室へと運んだ。
一緒に昼寝をして、私が起きるまで隣で本を読んだり、一緒に寝てしまったり、私が先に起きた時には、先生の寝顔を眺めた。
先生はほぼ毎晩私を愛し、そして私も先生を求めた。それでも寝不足にならないのはこの昼寝のお蔭。
ゆったりとした時間を二人だけで過ごせた。
明日はほのかとリョウが来る。彼らは、花火を見て週明けには東京へ戻る。
その後、私はここで先生と数日過ごし、先生はそのまま出張へ、私は家に帰る予定だった。
その夜、先生はとても酔っていた。
外出先どころか、ホテルの部屋ですら酔った姿を一度も見たことはない。
どんなに飲んでも顔色一つ変わらず、いつも穏やかな優しい先生だった。
8時過ぎにはリビングのソファーでうたた寝をしていた先生を起こし、ゆっくりと抱えるようにして先生の寝室へと運んだ。
しかし暫くすると、先生は再び戻って来てソファに座った。
「今日は飲み過ぎました。」
キッチンへ行き、グラスに水を入れ先生に渡すと全部飲み、空のコップをサイドテーブルに置いた。
ソファに座り私のピアノを暫く聞いていたが、
気が付くと先生は再び眠っていた。
「こんなところで寝ちゃったら、風邪ひきますよ。」
先生を起こし支えると、突然私に抱きついた。
「もう少し早く…あなたに出会っていたら…。」
先生は確かに私にそう言った。ふらふらとよろめくその大きな体を支えることが出来ず、二人でバランスを崩しサイドテーブルにぶつかった。
バカラのコップが落ち割れて、破片が床にキラキラと散らばった。
「先生!危ないっ。」
破片の上に倒れこみそうになった先生を支えるために反射的に手をついた。
パチパチとガラスが手の下で砕ける音が聞こえた。
「先生!しっかりして下さい!」
私は必死に支えた。
腕の中の先生の上半身をゆっくりとおこした。
そして何とか歩かせ、寝室へと運ぶと、先生はうつ伏せにベッドへと倒れこんだ。私は暫く先生を眺めた。
「よかった。」
先生は寝息を立てている。
ほっとすると、私の腕に生暖かい感触があった。腕と手のひらにグラスの破片が刺さっていて、たらたらと細く血が流れていた。そして、手のひらには大きな厚い破片。
…指は動かせるし、大丈夫。
急いで自分の寝室に戻ると、シルクのガウンを羽織った。台所へ降り、救急箱を取り出した。
水で一度洗い流したが、破片がかなり残っていた。ピンセットでひとつづつガラスを抜いた。ちくちくとするだけで痛みは余り無い。
掌の大きな破片は深く刺さっていた。
…これは抜いたら出血しそうだ。
抜かずに上からタオルをそっと巻いた。箒と塵取りを持ってピアノルームへと急いだ。
…流石にこれは、厳しいか。
ため息をついた。破片を片付け、点々とついた血の跡を拭いた。片付けが終わり時計をみると、0時を過ぎていた。
…おおごとになりそうだし、南方さんを起こしたくない。
私はスマホからタクシーを呼んだ。
どちらにお迎えに…と聞かれ、伏見の屋敷だと言うと、すぐに来てくれた。私は財布を持って乗り込んだ。夜間開いている病院まで…というと、10分も掛からずついた。救急で受付をしている間もタオルはどんどん血に染まっていた。
幸い病院は患者は少なかった。
「ミナイ レイナさん。どうぞ。」
看護師に言われて診察室に入った。薬袋と書いてミナイさんって読むんですね。
初めて聞いた苗字です…と看護師が問診票を眺めた。
シルクのガウンは血に染まり、前が肌蹴ていた。看護師にお願いしてガウンのひもを結んで貰った。
「あれ…レナさん?」
その声に振り返ると 悠木が椅子に座っていた。
「悠木さん!どうしたんですか?」
悠木は真っ赤なタオルを見た。
「それは、僕がレナさんに聞かないといけない質問ですね。」
この病院は、小さな外傷などを見ることもある何でも屋ですと悠木は言った。
破片はまだ残っていて処置用ライトで照らすとキラキラと光った。
掌の傷は6センチ程切れていた。消毒、局所麻酔をして数分すると手の感覚が鈍くなった。
掌全体に細かな破片がささり、悠木は一つずつ抜いた。最後に、大きな破片を引き抜くとジワジワと血液が流れ出た。
「これはナートしないと駄目ですね。」
…抜糸は最短で2週間…リョウに迷惑かけちゃうな。
「レナさん。暫くピアノは弾けませんよ。」
レントゲンを悠木は見ながら骨折は無いと言った。
「面倒でしょうが、出来るだけ細かく縫って下さい。」
悠木は、眉を顰め念を押した。
「細かく縫ったとしてもピアノは弾けませんからね。」
少しの沈黙が流れた。
「ご旅行ですか?」
悠木は縫合しながら聞いた。
「この近くの知人の家に遊びに来たんです。」
「この近く?」
悠木は、少し考え込んで聞き返した。
「伏見…先生のお宅です。」
「伏見さんと,お知り合いだったんですか?」
悠木は驚いた顔をした。
亡くなった先生の父親と、悠木の父親が幼馴染だったと教えてくれた。
「今は息子さんが管理しているんですよね。では息子さんとお知り合いなんですか?」
悠木はちらりと私の顔を見た。
…ええ…まぁ。
私は言葉を濁した。こんな格好で来たことに後悔した。先生との関係は、知られると困るわけでは無いが、話す必要も無い。
「いつまでいらっしゃるんですか?」
悠木は聞いた。
「花火を見て帰ろうかと思ったんですが、これじゃあ帰ったとしても働けませんし…もう少し長くいるかもしれません。」
「それでは、東京に帰る前にお昼でも一緒に如何ですか?」
…ほのかとリョウ。
「友達も一緒ですから…。」
私は丁寧に断ったが、では皆さんで一緒に食べましょうと悠木は笑った。
包帯が大げさに巻かれていた。
「しつこいようですが、余り動かしたりしないで下さいね。」
悠木が3度目の念を押した。
帰りもタクシーを呼び、伏見家へ戻ると2時を過ぎていた。自分の寝室へそっと戻り、ベッドテーブルにガウンと薬を置いた。
…疲れた。
先生の様子を見に行き、朝起きてすぐ飲めるようにミネラルウォーターを置いた。
ベッドの端に腰掛けると、先生の胸が呼吸に合わせてゆっくりと上下するのが見えた。先生はぐっすり眠っていた。その硬い髪の毛にそっと触れた。
…おやすみなさい。
内服薬を飲み、自分の寝室で眠りについた。
「レ…」
「レイ…」
「怜奈さん…。」
誰かが私を揺り起こした。頭が痛み止めと寝不足でぼーっとしていた。
「ううん…もうちょっと寝かせて…。」
窓からの強い光が私の足を温めていた。
先生の顔がそこにあった。
「…おはよう…ございます。」
ベッドサイドの時計を見ると朝7時だった。
…一緒にジョギングを行く時間。
「先生…ジョギング…私眠くって…。」
再び深い眠りに落ちた。
寝返りを打つと、手が何かにぶつかった。見ると先生が私の隣で本を読んでいた。
冷たい手で私の顔に掛かる髪の毛をそっと整えた。
「昨夜は何があったのですか?」
先生は静かに私に聞いた。
「間違って…グラスを割ってしまって。手が少し…切れただけです。」
私は光が眩しくて目を閉じたまま答えた。長い沈黙が続いた。ふと目を開けると、先生は私を見つめたままだった。
「…夜中に水を飲もうとして、手が滑ってしまって。」
先生はそれでも私をじっと見つめていた。ベッドサイドテーブルの上に置いた内服薬の袋。
その袋に掛けたガウンの袖には大きな血液が付き、膝から裾にかけて雨にぬれたような長い染みが何か所にもついていた。
「心配かけてすみません。大したこと無いでしたから。」
…せっかく頂いたガウンもパジャマも駄目にしちゃった。
先生は何も言わず私をじっと見続けた。
「先ほど悠木先生から電話がありました。最低2週間は手を動かさないようにと。」
先生の表情は暗かった。
「怪我をさせてしまうなんて…」
先生は断片的に覚えていて、嘘はすぐに見破られた。ほのかとリョウが来るのは午後。
「少し添い寝して下さいませんか?」
先生はベッドに入り、私を後ろから抱きしめた。薬の作用か、微睡が再び私を呼んでいたので、先生の大きくて温かな胸の中で目を閉じた。
ほのかから駅についたとメッセージが来た。
…あ… もうそんな時間。
慌てて下着を付けようとしたが、ブラを付けるのに手間取っていると、先生がゆっくりと起き上がり、手伝ってくれた。
「僕も一緒に行きましょうか?」
「いえ大丈夫です。」
私は短パンとTシャツに着替えた。髪の毛を頭の上で束ね顔を洗って、歯を磨き化粧をした。右手が使えないのは不便だが、仕方が無い。
その間に先生は南方に連絡をした。
「準備が早いんですね。」
ベッドの上から私を眺めていた先生は言った。
普段は殆どメイクはしない。
「ええ…バイトへ行くときの化粧は“特殊メイク“だから時間が掛かりますけど、普段はこんな感じです。」
「僕は両方好きですが、どちらかと言うと今のあなたの方が好きです」
「ありがとう…。」
先生にキスをした。
玄関に出ると南方は既に待っていた。
「どうぞ」
南方はドアを開けた。
駅では異様に目立つ二人だった。
「ちょっとレナ あなたその手どうしたの?」
ほのかが右手の包帯を見て聞いた。
「グラスで手を切っちゃったの。…ですので、暫くはお店出られません本当にすみません。」
私はリョウに済まなそうに言った。
「おいおい…マジかよ。ほんとレナは鈍くさいんだな。」
リョウが呆れた。
私は南方を紹介して車に乗った。
「レクサスに運転手付きって…スゲーな。」
リョウが囁いた。
「レナに、そんな知り合いがいたなんて知らなかった。」
ほのかが言った。
二人は大きな声で助手席に乗っている私に絶えず話掛けてきて、煩かったが、南方は何も言わなかった。
先生は玄関で私達を待っていた。遠いところをわざわざ…と挨拶した。
ほなみとリョウを紹介した。
「...モテますよね。だって俺と同じ匂いがする。」
目ざといリョウが言った。
…流石だ。
ほのかと私は笑った。
「残念ながら…そんなことはありませんね。」
先生がふたりを母屋に案内する間、食事を摂った。朝も食べて無かったし、昼もまだだった。遅い昼食を取りに一人で離れに戻り、ケイコが作ったサンドウィッチを食べた。
母屋の方へ行こうとすると、丁度、渡り廊下をこちらへと歩いてくるところだった。
「凄い…旅館みたい♪」
ほのかが興奮しながら言った。
「先生…ちょっとお部屋探検してきて良いですかー。」
ほのかはきょろきょろ周りを見回しながら言った。
「ええ。どうぞお好きに探検して来てください。」
私はキッチンへ行きお茶を入れに席を離れた。ほのかがいつの間にか、後ろに立っていた。
「わっ!びっくりした。」
私は飛び上がった。
「ねえねえ…先生って彼女とか居るのかなぁ。いくつだろ?」
私はドキドキした。
「うーん。どうだろうねぇ。分からない。」
平静を装い、お茶をお盆に乗せて、リビングへと運んだ。
「明日は晴れたら海にでも…あ…ごめんレナその手じゃ行けないか。」
ほのかが済まなそうに言った。
「良いよ先生と3人で行っておいでよ…。」
ほのかの目が輝いた。
「大丈夫ですから。私はピアノでも…あっ。」
「その腕じゃ流石に無理だろ?」
リョウは笑った。
「でも…左手の練習は出来るから。」
「そういえば救急病院で悠木さんに昨日会ったの。びっくりしちゃった。」
「悠木さんって…誰だっけ…あーお医者の!眼鏡かけて静かだった人!」
流石はほのかだ。
容姿を言っただけで名前が出て来るなんて。
「みんなが帰る前に一度食事でもしませんかって言われたの。」
「あなたたち悠木先生と知り合いだったんですか?」
先生も驚いた。
…そういえば言ってなかったかも。
「そうなんですよ〜。嫌がるレナを無理やり誘って、一緒にパーティーへ行った時に知り合ったんです。」
ほのかはおしゃべり好きだ。
先生に聞かれたらほのかは何でも話すだろう。
「そうだったんですね…。」
先生は私を見ながら笑った。
「で…瑛二君とレナは何かあったの?」
ほのかは、唐突に私に聞いた。
「な…何も無いよ。何で?」
去年の冬から瑛二とは一切連絡を取っていない。
会って話がしたいとか、謝罪を留守電に残していたが、瑛二とは距離を置いた方が良いような気がした。
先生は私の様子を静かに伺っているようだった。
「瑛二君が、レナと連絡が取れないって言ってたから。」
…あんなことして…会いたくも無いわ。
あの日のキスを思い出すだけで、怒りが湧いて来た。
「私ね…思ったんだけど、瑛二君…まだレナの事が好きなんじゃないかなぁ。」
私は飲んでたお茶でむせた。
「大丈夫ですか?」
先生が聞いたので、せき込みながら頷いた。
「何でほのかは、瑛二と連絡を取ってるの?知らなかった。」
…こんな近くに内通者が居たのか。
「瑛二君って顔が広いし、友達も多いから、パーティの時には凄く人が集まるんだよね。」
…なるほどね。
私は苦笑するしかなかった。
夕食後、それぞれが自由に寛いだ。リョウが先生に四六時中くっついて歩いたせいで、私は先生に近づけなかった。
ほのかは、一緒に露天風呂に入ろうと言った。浴衣を持って一緒に温泉に入った。先生に出会ったきっかけを話した。
岩風呂は大人5人が入っても余裕がありそうな大きさだった。
私は手が濡れないように湯船に浸かったが、その姿がおかしいとほのかは笑った。
お湯は温めだが、長く入るのには丁度良い温度だった。友人達のゴシップに花が咲いた。
私が聞かなくてもほのかは、色々教えてくれた。
星空を眺めながらのお風呂は気持ちが良かった。
「ねえ…瑛二君とは本当に何も無かったの?」
ほのかが、聞いた。
「…うん。」
何となく嘘をついてしまった。
「リョウの所で働いていることを瑛二には内緒にしといてね。」
「あ…もう言っちゃったよ…ゴメン。」
ほのかが済まなそうに手を合わせた。ほのかは面倒見も良いし、性格も明るく、一緒にいると楽しい。
…このおしゃべりがなければもっといいのに。
「…まあでも、お店が店だけに流石に瑛二君も来れないだろうけど。」
女たらしの瑛二が、
ゲイバーに来る様子が想像できなかった。
「うん確かに…。」
ほのかも笑った。
お風呂上りは、先生がワインを開けた。ほのかがドライヤーで私の髪を乾かしてくれた。
「でもさ、何でまたそんなに派手に切っちゃったの?掌は分かるとして、肘までだなんて」
リョウはワインを飲んだ。
「レナちょっとボーっとしてるとこあるから…。」
ほのかが笑ったが、私は何も答えなかった。
…疲れた。
私は薬のせいか眠たくなってしまい先にベッドに入った。3人はまだ楽しそうに話をしていた。
そして…気が付くと朝だった。
キッチンへ行くと、ケイコが食事を作っているところだった。先生は既に起きて新聞を読んでいた。リョウとほのかと、深夜まで起きていたと先生は笑った。
「あのふたりは海へ行きたいって言ってたけれど、多分起きないでしょうね」
ご飯前に海辺までジョギングへ出かけた。朝はまだ風が涼しくて気持ちが良かった。先生は私のペースに合わせて海辺まで走った。
海辺に付くと私は先生とゆっくりと歩いた。
…いつも何も話さず歩くだけ。
「先生…いま何を考えてますか?」
「あなたの素足は美しいなと思って…。」
私は笑った。
「あなたは、何を考えてましたか?」
「先生の居ない1ヶ月は、長いなぁと思って。」
先生は少し嬉しそうに優しく見つめた。
「お土産を買ってきますね。」
「何も要りませんから、無事に帰って来てください。」
朝の海風が心地よかった。ずっと隣を歩きくっついて居たかった。ずっと私を愛して欲しかった。込み上げてくる切なさが、私の鼻をツーンとさせた。
「手を繋いで良いですか?」
すぐに先生の大きな手が、私の左手をそっと握った。大きな手は相変わらずひんやりと冷たく、心地が良かった。
「夏は便利な手ですね。」
大きな指を優しく絡ませて私の指と遊んだ。
「夏限定ですか…それはちょっと寂しいです。」
先生も笑った。
悠木から電話が掛かって来て、皆で近くのレストランでご飯を食べた。
近所に住んでいるのにも関わらず、先生と悠木は交流が無かった。
今度来た時には、浜辺でバーベキューパーティでもしましょうと盛り上がった。
先生と悠木は静かに話し、言葉が丁寧なので聞いているだけで気持ちが落ち着いた。
私達は東京に帰ってからの事を話していた。
週末が来てしまった。
ほのかは、誰かを誘っては毎日浜辺へ遊びに行っていた。御蔭でしっかり焼けてしまい、事務所に怒られると今になって焦っていた。
…もうすぐ先生に逢えなくなる。
----花火大会の当日
先生は着物、リョウは甚平、ほのかと私は浴衣を着た。まるで、雑誌の着物のカタログから抜け出て来たように3人とも見とれてしまうほど素敵だった。
「うん。やっぱ浴衣は良いな。」
文句ばかり言うリョウが珍しく手放しで褒めた。
「ええ。皆さんとっても素敵です。」
丘の上にある家からも花火は見えるが、ほのかが屋台を見たいと言いうので、下駄の音をさせながら私達は海岸沿いへとあるいた。
海岸沿いには屋台が沢山出ていて、賑やかだった。いつも混雑するんですよと先生は言った。
ほのかはリョウに、私は先生に守られて歩いたが、どんな人ごみでも、二人の背は高かったので、見失うことは無かった。
私は人ごみを口実に先生と手を繋いだり,ぴったりと腕を絡ませた。
「あ…。怜奈さん…。」
人に押されてよろめいた私をしっかりと胸に抱きしめた先生は、少しびっくりした顔で私を見下ろした。
(ええ…下着をつけて無いんです。)
耳元で囁くと、私は更に胸を押し付けて微笑んだ。先生は何も言わず暫く歩いていたが、人混みに紛れた中でそっと私のお尻にも触れた。
(両方ともですよ♪)
私は意地悪く笑うと,お尻に触れている手に力が入った。店を一回りすると、浜辺で花火を見たいほのかとリョウを残し、私達だけ先に戻った。
どちらともなく、帰りは早足になった。先生も私も少し汗ばみ時々お互いを見ては含み笑いをした。
玄関に入り下駄を脱ごうとした私を先生は軽々と抱き上げた。下駄の片方は、足の指から滑り落ち、コロンと音を立てて床に落ちた。
寝室へ入ると先生は私をベッドにいつもよりも、少し乱暴に寝かせた。
浴衣から私の大腿部が露わになった。
「… 我慢できなくなってしまいました。」
私はそれを聞いて嬉しかった。先生は衿を両手で荒々しく開いた。肌蹴た胸は少し汗ばんでいた。
その冷たい手を私の胸元に差し込み、乳房を強く愛撫し、長い指の間から乳首をが零れた。
全身に鳥肌が立った。それに反応した乳首は先生の指の間で、さらに硬く締まった。
指で私の潤いに触れ、細く長い指を私の中へと滑り込ませ、ゆっくりと動かした。
「白いうなじを見ていたら、あなたを愛したくなりました。」
先生はそっと囁いた。
「私も…先生の浴衣が素敵過ぎて、同じ事を思ってた。」
「あなたは、僕を煽っているんですか?」
どちらからともなくお互いの唇を激しく貪りあった。先生の指は下腹部へと滑り,谷間を抜け蕾を見つけ出すと、少し強く指先で摘んだ。
「はぁん…。」
体がびくんとその度に爆ぜて、愛液が溢れるのを感じた。長い人差し指と中指が、蜜壺へと忍び込み、出し入れする度にぶちゅぶちゅと音を立てた。
「あなたが、僕をこんなに欲しがってる。」
指を引き抜き、指を広げて見せると,2本の指の間で、透明な愛液がたらりと糸を引いた。
「今日は、あなたを壊してしまいそうです。」
指を舐めて見せながら先生は言った。
「いっぱい…愛して。先生を私の身体に刻み込んで欲しいの。」
再び蜜壺の中に入りくちゅくちゅと蜜を攪拌するその指に合わせて、腰を動かして見せた。
「あぁ…うぅ…せんせ…の指で…いき…そう。」
先生は、私が乱れる姿を嬉しそうに眺めている。
「なんていやらしい人だ。」
先生は熱いため息を漏らしながら、じっと見つめていた。その時はすぐにやって来た。くねくねと動く腰は止められず、激しく動かすと、すぐに絶頂を迎えた。
「こんなに締まって…僕も…良いですか?」
先生はいつもより興奮し荒い呼吸をしていたので、私は頷いた。先生は浴衣の裾を左右に開き、私の下半身を大きく露出させた。そして私の太ももを引き寄せたかと思うと、中にするりと入り、ずんっと奥深くを突いた。
普段と違って乱暴に私を愛する姿をみているだけで、感じてしまう。
「ぁぁーっ。もっと…欲しい…深く…深く。」
私は汗ばみ喘ぎながら先生の腰に足を絡ませた。先生は、いつものよりも男性的で荒々しく激しく深く私を何度も貫ぬき、かき混ぜた。
「あぁ…。」
私は快感にうち震えながら全身で先生を堪能していた。甘い声を零すたびに、先生の動きが早くなった。
「ああ。怜奈…そんなに僕を誘惑しないで…。」
部屋に乾いた音が何度も響いた。
「うぅ…いっ…ちゃう。」
何度も激しく揺らされて、いやらしい喘ぎ声を止めることも出来なかった。
「あなたを僕でいっぱいに埋めてあげたい。」
息も絶え絶えな私をゆっくりと騎乗位にさせた。
「もっとあなたを見せて…。」
私は焦らしゆっくりと時間を掛けて先生を飲み込んだ。
いやらしい音が二人の間で聞こえる度に、先生は、切ないため息をついた。
先生は私の臀部を支え、上下に動くように導いた。
「…怜奈…また…感じているの?」
膣がひくひくと欲望を吸い上げようとし始めていた。私は頷くと大きく早く動き出した。
そのたびに乳房は先生の前で揺れた。その乳房を両手で鷲掴みにし、指の腹で乳首を押し付けるように弄んだ。
「くっ…とても…締まってる。」
太ももで先生の腰をしっかりと挟み、深く咥えこんだまま、前後に腰をくねらせた。
花弁の中の突起がその刺激に反応し、膣がピクピクと動いた。
「もっと…淫らに…好きなように動いて…。」
恥ずかしさはいつの間にか消えて、
私の身体は,ただ快楽を追い求めていた。
「ああ…なんていやらしいんだ。」
ふたりの接続部を、先生はじっと見つめていた。
「せんせ…もっと見て。」
愛液で動くたびにくちゅくちゅと小さな音がした。
膝をつき先生を跨ぐように座っていた。
「…いやらしい…私を…みて。」
私の臀部は再び先生に支えられた。ついていた膝をゆっくりと立てたので、足がM字になった。
「あぁ怜奈。いけない人だ…僕を煽って。」
欲情に燃えた眼差しで先生を見つめ、
見られている事に興奮した。
「…なんて君は、いやらしいんだ…。」
卑猥な音はだんだんと大きく激しくなった。
「もっと…私をよく見て…こんなに感じてるの。」
見つめながら喘ぐと、それは硬くなり存在を増した。帯をサラサラと解いたくと浴衣は完全に肌蹴け、先生の腰の周りで鳥の尾羽のように広がった。
向かい合わせになると先生は私の腰を掴み前後に動かした。私の突起への刺激が一段と増していった。
「はぁ…はぁ。」
ふたりは汗を掻いていた。
「…一緒に。」
私は先生の動きに合わせ腰を大きくくねらせた。快感は溢れ出してとめどなく流れ始めた。
先生は…あっ…と小さく声をあげて、私の腰をがっしりとおさえて、深く突き刺し、ぐりぐりと押し付けたかと思うと細かく動かした。
「い…く。」「れい…な。」
私の中で先生がピクピクと動き、先生の腰回りの筋肉が緊張と弛緩を繰り返しながら、私の中で果てた。
外からは花火が打ちあがる音が聞こえ始めた。
私も先生も汗をびっしょりと掻きそのまま暫く動けなかった。お互い少しでも動くと、甘い刺激が貫くので、ゆっくりと静かに先生から離れた。
私達は淫らな格好のまま、ベッドに横になった。こんなに動物的に激しく求め合ったのは、初めてかも知れない。
「一緒に露天から花火を見ましょう。」
先生は私を抱き起した。
「酷い混雑であのふたりは帰ってくるまでに時間が掛かるでしょうから…。」
先生と手を繋ぎ、渡り廊下を歩いた。花火が大きな音を立てて空ではじけていた。
この旅行で先生と一緒に居ることが当たり前になってしまったような気がした。
3日後には先生は東京へと戻り、
そのまま旅立ってしまう。
「悠木先生なら安心ですから、抜糸まで僕の家で過ごしたらどうですか。それに暫くはリハビリも必要でしょうし…。」
私たちは、湯船の中で繋いでいた。
「来年は…。」
はっとして先生は言葉を止めた。
「はい…来年も…ここで先生とこうしていたいです。」
そっと乗り向かい合わせに座った。
お湯の中で私の身体はふわふわとした。私は先生の首に腕を絡ませ何度も軽いキスを楽しんだ。
「センセ?」
「…はい。」
「…さっき愛し合ったばかりなのに…また…。」
「困った人ですね。」
そう言いながらも、私の中に再びゆっくりと差し込んだ。私の喘ぎ声は、花火と、岩の間から流れる湯の音でかき消された。
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