5.父の過去*

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 創業家出身と言っても、今の浩の社内での立場は盤石ではない。昔のように馴れあいで大きなプロジェクトをもらえる時代が過ぎ去ってライバル会社との競争が激化し、ここ10年程は業績がじりじりと右肩下がりになっている。それに加えて世襲批判と株式上場の圧力も強く、古いスキャンダルでも命取りになりかねない。そのために次世代のホープ佐藤俊介を婿にして自分の懐刀(ふところがたな)にしようと浩は考えているのだ。  それに敦子にまだ情こそあれど、自分の立場や娘の結婚を犠牲にしてまでして彼女を守る情熱は、浩には以前ほど残っていない。ただ、お互いにズルズルと未練を引きずって彼女が別の男性と結婚する機会を失ったことには責任を感じており、今更彼女を無職で放り出すつもりはなかった。敦子に久保家の別荘で住み込みになってもらい、ほとぼりが冷めたら呼び戻してもよい。浩は、亜美の主張を聞いた後にそう決めた。 「はぁ……分かった。だがな、それだけ大見得切って敦子さんを辞めさせたのに家の中がグチャグチャじゃ、俺は納得できないぞ。そうなったら敦子さんを呼び戻すからな。分かったか?!」 「と、とにかく私が結婚する前にあの人をクビにしてね!」  亜美は、父の浩と結婚の話をした後、そう言い放って書斎を出た。だが久しぶりに敦子の話題を出したせいか、中学1年生の時に両親の寝室で見てしまった、汚らわしくて衝撃的なシーンが亜美の脳裏に浮かんできてしまった。  それは、亜美が中学1年生の秋、母洋子が長患いの末に亡くなって1ヶ月ほど経ったある週末のことだった。意気消沈していた亜美を詩織が家に招待してくれたのだが、詩織の家に着いてしばらくしたら、彼女が具合悪いのに無理していたことに気付き、亜美は帰宅した。その時、玄関にはまだ家政婦の敦子の靴があった。  亜美が家の中に入ると、父と敦子の声が聞こえた。声は両親の寝室からしており、扉が僅かに開いていた。思春期に入りつつある亜美は、男女2人が寝室で何をしているのか、予想がつきつつも認めたくなく、怖いもの見たさで扉の隙間から中を覗いた。
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