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1.縁談
元親友詩織が別アカウントから亜美にメッセージを送ってきた日の4年前のこと――
亜美は、父の久保浩が帰宅するなり、釣書を渡された。
「何これ?! 私、結婚する気なんてないわよ!」
「もうお前も28歳なんだ。釣書を見てみろ。こいつは見目がよくて頭も切れるし、将来、久保コーポレーションを引っ張れる男だ」
「そんないい男には恋人がいるに決まっているでしょう?」
「興味を持てたか? ちゃんと調査した。あいつの身辺は綺麗だ」
「興味なんてないわよ。いいじゃないの、会社の将来は晃君に任せれば?」
「あいつは駄目だ」
「じゃあ、社員の中から優秀な人を選べばいいじゃない」
「だからそれがこの男なんだ」
「その人と私が結婚する必要なんてないわよ」
「俺が結婚を勧めるのは会社のためだけじゃないぞ。俺がいつまでもお前を庇護できるわけじゃない。その点、この男だったら安心だ」
「でも私は結婚する気ないの」
「会うだけあってみろ。いい男だから、気が変わること間違いなしだ」
亜美の父が社長を務める久保コーポレーションは、大手ゼネコンだが非上場、創業から今まで久保家が経営権を握ってきた。浩には兄弟がおらず、亜美も一人っ子。
亡き祖父の妹の孫息子・井上晃が、亜美の世代では一番近い血縁の男性となる。彼も久保コーポレーション社員だが、昔からヘラヘラしていて軽いので、亜美は好きではない。親戚の集まりがある度に『亜美ちゃん』と呼ばれて迫られ、まだ存命の大叔母もやたらに晃を勧めてくる。でも晃が本当に亜美を好きで言い寄ってくるわけではないことは亜美も感じ取っている。2歳年上の彼はまだ独身で、ステディな恋人こそいないらしいが、しょっちゅう浮名を流している。
亜美も一応、久保コーポレーションの社員だが、社長秘書の仕事は他の秘書の補佐という名ばかりのもの。経営に関与するつもりはなく、父も亜美にそんなことを期待していない。それよりも血族・姻族に関係なく能力のある人が経営を引き継げばいいから、父が見込んだ男性が婿養子になって後継ぎになる必要はないと亜美は思っている。
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