9.結婚2年後の悩み*

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9.結婚2年後の悩み*

 俊介に入り婿になってもらって2年が経ち、亜美は31歳になった。父は新婚の間は別居してもいいと言ってくれたのだが、俊介は最初から同居してくれた。誕生日や結婚記念日を覚えていてプレゼントをくれたり、評判のレストランでディナーデートをしてくれたりする。日常的にも亜美に愛情表現を欠かさず、忙しいにもかかわらず夫婦生活も週2、3回はある。  そう、亜美は幸せなのだ――ただ1点、子供を渇望しているのにできないということを除いて――それだけが澄んだ水に落とされた黒いインクのようにじわじわと亜美の心の中に浸食していった。  それで亜美は、俊介に不妊治療をしようと持ち掛けたが、まだ結婚2年で早いと言われてしまった。それなら不妊検査だけでもと頼んでも忙しいとか言って検査してくれなかった。仕方なく、亜美は1人で不妊検査を受けたが、彼女側には妊娠に支障する問題はないという結果が出た。  不妊検査以来、亜美が俊介にその話をしようとする度に巧みに話をそらされるような気がしていた。なぜ俊介は子供の話を避けるのだろうか――亜美に思い当たる節はない。  結婚前に1度きり顔合わせした俊介の両親は、穏やかそうだった。話してくれた子供の頃の思い出も微笑ましくて彼が子供時代のトラウマで子供を持ちたくないという印象は持てない。久保家が懇意にしている興信所に父の浩が見合い前に俊介を調べさせたが、何も懸念要素はなかったと亜美は聞いている。  ただ、正月や盆などの節目節目に義実家へ一緒に行こうと誘っても、うちのことは気遣いしなくていいと俊介が言って帰省する様子もないのが亜美は気になっていた。彼は婿養子ではないものの、長男なのに久保の苗字に変えてもらったのが申し訳なかったのだが、不妊検査を受けたがらないのは、興信所の調査でも分からないような、親子の問題があったのかもしれない。  誰かに相談しようにも、亜美にはこういう深刻なことを相談できる友達がいない。父からは孫を待望する無言の圧力を感じて相談などもってのほかだし、唯一の親友だった中原詩織とは1年前に絶交していて最早そんな話をできる間柄ではない。又従兄の井上晃とも、彼が亜美に迫っているのを俊介が咎めて以来、疎遠になっている。それに親戚とはいえ、既婚女性の亜美が男性と2人きりで会うのは不味いだろう。  亜美の不妊検査結果が出た週末、亜美はベッドの上で俊介にじっくり愛された。彼がベッドに入ってきて甘い声で『亜美……』と呼ぶと、そこからはいつも夫婦の交わりの時間だ。だからその日も名前を呼ばれた時、身体を重ねる前に不妊検査のことを相談しようと亜美が口を開いた途端、唇を塞がれた。そうなったらもう快楽の渦に落とされてしまって相談どころではなくなってしまった。
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