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父に縁談を持ち掛けられてから1週間後、亜美は都内の五つ星ホテルのティールームで見合い相手の佐藤俊介と会った。俊介は亜美と同い年で精悍な感じのする長身のハンサムな男性だ。
亜美は、本当は見合いを断ろうと思っていたが、強情な浩に断り切れず、結局1度は会ってみることになってしまった。だから見合いの場で断ろうと思ったが、強引な浩の前では断る自信がないので、2人だけで会えるのならと条件をつけた。父に不信がられるかと不安だったが、意外とすんなりと了承してくれた。もしかしたら、亜美がハンサムな俊介の釣書写真を見て見合いに積極的になったと思われたのかもしれない。
亜美がティールームに到着した時には、俊介はもう着席して待っていた。
「初めまして、久保亜美です。お待ちいただいたようですみません」
「いえ、私も今来たところなんです」
言いづらいことを話している途中で注文したコーヒーが来てしまうと困るので、『ご趣味は?』とか『普段、休日には何をされていますか』とか、亜美はとりあえず見合いでよく聞く無難な話題を出した。
コーヒーを届けたウェイトレスが下がると、亜美は口を開きかけたが、先手を取られた。
「亜美さん、本当はこのお見合いを断りたかったんでしょう?」
「あっ、えっと……よ、よく分かりましたね?」
「高嶺の花の亜美さんは、誰にも落とせないって社内で有名です」
「た、高嶺の花って……」
亜美は、俗な表現で自分のことを言われ、一瞬カチンときた。
「すみません、ちょっと失礼でしたね。でも僕にとって亜美さんは本当に手が届かない女性だと思ってましたから……社長にこの話をいただいて天にも昇るような気持ちなんです」
もてそうなハンサムエリートの癖に歯の浮くような見え透いたお世辞を言うんだなと亜美は呆れた。でもその思いは、亜美の表情で俊介に筒抜けだったようだ。
「あ、あのっ、おべっかを使っているとか、思わないで下さい。僕は本当に亜美さんが好きなんです」
「どこが? だいたい、今日初めてまともにお話しますよね?」
「……やっぱりそうですか……覚えてないですよね……」
「はぁ……」
「社長室に通していただいた時にお会いする以外は社内でたまに見かけるだけなので、無理もないです……」
女性慣れしていそうな外見に反して、亜美が自分のことを覚えていないのに俊介は明らかにしょげていた。ピンチを亜美の機転で切り抜けられたという話だったが、人を覚えるのが苦手な亜美は、俊介のことを覚えていなかった。秘書として自分が情けないと思い、俊介に何だか申し訳ないような気持ちになった。
「あの……次は……会っていただけ、ないですよね?」
おずおずと聞く俊介は、まるで背中を丸めてしょげている犬のように見えて憎めず、亜美は知らないうちに次に会う約束をしてしまっていた。
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