412人が本棚に入れています
本棚に追加
たまに社内で見かけた俊介はいかにもできる男という感じだったのに、今日の俊介は気の利かない変人だ。あまりのギャップに亜美は、足の痛さも忘れて笑いそうになり、必死に口を押えたが、亜美が笑いを堪えたのを俊介は気が付いたようだった。
「あ……すみません……みっともなかったですよね」
「いえ、私の足のことを考えてくれたんですよね。うれしいですけど、やっぱり恥ずかしいので、歩いて行きます」
カフェで少し休憩した後、2人が美術館を出ると、入口前にタクシーが停まっていた。俊介がいつの間にかタクシーを呼んでいたようだった。
俊介は亜美と共にタクシーに乗り込んだ後、近くのデパートを行き先として運転手に告げた。それを聞いて亜美は、足が痛くてショッピングどころじゃないんだけどなと思ったが、しょげかえっていた俊介の顔を思い出して文句は言えなかった。
2人がデパート前に停まったタクシーから下車すると、亜美の予想通り、俊介はデパートの中へ入って行った。亜美が俊介の後をついて行くと、そこは靴売り場だった。
「足が楽な靴を買いましょう。プレゼントします」
「いえ、そんなわけにはいきませんよ」
「いえいえ、こんなことになったのは僕の責任です。僕がもうちょっと気を遣っていればよかったんです。だから謝罪の印として受け取って下さい」
あまりの懇願に亜美はとうとう首を縦に振り、履きやすいスニーカーを買ってもらった。
その後、2人はデパート内でブラブラとウィンドーショッピングをした。亜美にとって、理解不能な現代アートの解説をずっと聞かされた意趣返しの意味もあったかもしれない。でも俊介は退屈そうな様子も辛そうな態度も見せず、亜美が『これ、かわいい!』と言えば、俊介がすぐに『買いましょうか』と言ってくるので、亜美は徐々に決まりが悪くなり、早々にウィンドーショッピングを打ち切った。
「佐藤さん、今日はどうもありがとうございました。もうそろそろ夕食の時間ですし、帰ろうかと思います」
「え?! この後、予定でも?」
「いえ、特には。でもうちの家政婦さんが夕食を作って待っているでしょうし」
本当は大嫌いな家政婦の森川敦子が作る食事など、亜美は食べる気は全くない。だからこの後は親友の中原詩織に連絡して飲みに行こうと思っていた。
「それって家に連絡すれば、大丈夫ですか?」
「ええ、まぁ」
「実はこの後、レストランの予約を取ってあるんです」
最初のコメントを投稿しよう!