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俊介が予約をしたのは、最近話題のフレンチレストランだったので、詩織といつも行く居酒屋と天秤にかけて亜美はフレンチを取った。だが2人がタクシーでレストランに着き、俊介が入口でウェイターに名前を名乗ると、相手が申し訳なさそうに伝えてきた。
「大変申し訳ございませんが、今日は佐藤様のご予約は入っておりません」
「そんなわけ?! 確かに10日19時で予約したはずですが」
「あの……恐れ入りますが、今日は9日です」
「えっ?! あの、でも2人分の席、空いてませんか?」
「あいにく今は満席でございます。大変申し訳ございません」
「あー……あ、そうですか。分かりました……じゃあ、明日の予約は取り消しておいて下さい」
俊介はとても意気消沈した様子で、レストランを出てすぐに亜美に必死に謝罪した。
「本当にすみません。失敗だらけのデートになってしまって……」
「大丈夫ですよ。私も全部お任せにしてた責任もありますし」
「いえ、僕が間抜けでした。初めてのデートだというのにこんな失態、情けないですよね」
「いえ、そんなことないですよ。人間、誰にだって失敗はあるものなんです。私だってドジばっかりしてますし」
「……怒らないんですか?」
「どうしてですか?」
「だって自分で言っちゃなんですけど、皆、僕に『完全無欠のエリート』とか、変なあだ名をつけて勝手な幻想を抱いてるんです。それで実際にちょっとでも本当の僕を知ってもらうと、おっちょこちょいだって分かってイメージが違うって怒られて……」
「そんなの、他人が勝手に抱いているイメージですよね。気にしなくていいんです。佐藤さんのありのままでいていいんですよ」
「ありがとうございます! そんな風に言っていただけると救われます」
「いや、そんな、大げさですよ」
これでせっかく大団円に収まったと思っていたのに、亜美のお腹がぐうーっと鳴って台無しになり、亜美は赤面した。
「あっ、いやだ、恥ずかしい……」
「いえ、僕もちょうどお腹がすいてきました。もし亜美さんが構わなければ、この近くに僕がたまに行く中華料理店があるんですけど、行きませんか? あのフレンチみたいにおしゃれなレストランじゃなくて申し訳ないんですけど、そこが知っている中で1番近いんです」
亜美はお腹がすいているし、疲れているので、レストランを探す気力はもうなかった。それに俊介とも打ち解けられてきたので、気取らない店のほうがかえっていい。亜美は、その場で紙袋からスニーカーを出してまた靴を履き変えた。デパートからフレンチレストランに行くタクシーの中でパンプスに履き替えていたのだ。
俊介が連れて行ってくれた中華料理店は、ラーメン屋と言ってもいいような庶民的な店だった。でも亜美は、その雰囲気が中々気に入った。何より、俊介と本音で話したくなっていたから、フレンチレストランで気取って食事するより、彼が素を見せてくれるのがうれしかった。
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