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15.森川敦子の過去
森川敦子は高卒で就職した会社で恋人と出会い、すぐに結婚して息子に恵まれた。しかし短い交際期間では分からなかったのだが、夫はキャバクラや風俗に頻繁に通い、当然のことなら給料だけでは足りないので、消費者金融で借金を重ねていた。文句を言おうものなら、拳が飛んできた。
夜逃げのようにして夫から子連れで実家に逃げ帰り、なんとか離婚できたが、実家には兄夫婦が同居していて肩身が狭かった。母の古い友人がお金持ちの家で住み込みの家政婦をしており、もう1人探しているという話を母から聞き、敦子はその話にすぐに飛びついた。
勤め先の久保家は2世帯住宅で、母の友人は親世帯の家政婦を務めており、敦子は若主人久保浩の世帯の家政婦として働いた。久保家の狭い離れで母の友人と子連れ同居は気後れしたし、かなり拘束時間が長くてプライベートな時間がほとんどなかったが、背に腹は代えられなかった。それに母の友人や久保家の若主人家族が親切にしてくれたので、その生活に耐えられた。
息子より5歳年上の浩の娘亜美は息子を可愛がってくれ、学校から帰って来るとよく面倒を見てくれた。その上、敦子が家事の合間に息子の保育園の送り迎えを慌ただしく自転車でするのを見かね、浩が出勤途中に息子を保育園へ送ってくれるようになった。しかも運転手の榎本の都合がつけば、お迎えもしてくれるように手配してくれた。敦子は浩の親切を最初は恐縮して遠慮したが、結局彼の厚意に甘えてしまった。彼は敦子より一回り以上年上で頭髪が寂しくなりかけていてハンサムとは言い難かったが、敦子はいけないと思いつつも、そんな彼の優しさに惹かれていった。
2人の距離が決定的に近づいたのは、亜美が小学6年生の修学旅行で外泊した時だった。その頃には、既に浩の妻は入院中で退院のめどはついていなかった。
敦子が夕食を出し終えて息子が寝ている離れに下がろうとすると、浩が敦子を引き留め、晩酌に誘った。
「敦子さんも1杯どう?」
「でも明日も朝から仕事がありますので」
「明日は俺1人だけだから、朝食はいらないよ」
「そんなわけには……」
敦子が下を向いて遠慮する様子を浩は愛おしく感じた。そのまま退出しようとする彼女の手をテーブルの上に縫い留め、もう片方の手で後頭部を引き寄せて唇を奪った。
「い、いけません……奥様がいらっしゃるのに……」
「君が好きだ。この気持ちは止められない」
「でも……」
「すまない、こんなおじさんに言い寄られて、いやだよな?」
「いえ、本当は……うれしいんです」
「ああ、本当に?! 俺もうれしいよ」
結局その夜のうちに2人は一線を越えてしまった。1度箍が外れると、2人は毎日のように人目を盗んで獣のように交わった。
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