村の神様

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 うーん、困ったなあ。  夏休みの宿題が一覧になったプリントを眺めながら小学生の和哉はためいきをついた。毎年のことではあるけれど、量が多すぎて終わる気がしないのだ。  中でも自由研究というのが厄介だった。毎年テーマのことで頭を抱えたくなる。ちょうどいいテーマがとにかく浮かばないのだ。昨年などは適当に星座の観察をしてみたが、観察をしたところで何かがわかったわけではないのでひたすらつまらない作業だった。そうしてできたつまらない研究をつまらないとわかりながら担任に提出するのがなんだか嫌なのだ。  しかし、その自由研究も中学生に上がればなくなるらしいから、今年がラストだと思って耐えることにした。  宿題のプリントをランドセルに押し込んで、和哉はバスに乗りこんだ。通学でバスを使うのは和哉を含めて、ほんの数人しかいない。バスは家へ向かって山道をどんどこ進み、いつものバス停で降りた。  冷房の効いたバスを下りれば、むわっと暑さが押し寄せてくる。一気にだらだらと汗をかく。和哉の家まではバス停から歩いて十分だ。ランドセルをしょって、ゆるい坂道を下りていく。  和哉の住む村は山に囲まれて、すり鉢で言えば底の方に田んぼや畑、家などが集まっている。すぐ傍まで山が押し迫ってくる感じで、夜歩くのはちょっと怖い。 「あら、和哉くん。おかえりなさい」  後ろから女の人の声がした。振り向けば、ほっそりとした白いワンピース姿の女の人がにこにこしながら和哉に話しかけた。  昔からよく見かけているきれいな女の人だった。和哉は緊張してしまって、頬を赤くした。 「こ、こんにちは」 「こんにちは。毎日、一人で帰ってきてえらいね」 「いえ! そ、そんなことはないです。明日からは夏休みで」 「そうなの。いいねえ。たくさん、宿題が出たんでしょ」 「うん。また、自由研究もあるんだ。何をしようか迷ってて」  そうねえ、と女の人は考え込み。 「この村の歴史……なんてどうかな?」 「歴史?」 「民話、伝説、習俗とか、そういうもの。たとえば、この近くにあるさびれたお社の由来でもいいと思う。このまま忘れられてしまうのも悲しいでしょ。語り継いでいくことも大切なことなんだから」 「なんだか、むずかしそうだよ」 「そんなことないよ? 先生や図書館の人、村のお年寄りに聞いてみるだけでもいろいろ教えてくれるよ? 私もそれで自由研究を乗り切っていたもの。……そうだ、お姉さんが一個、お話しをしてあげる」  お姉さんは背後の山を指さした。 「ここの近くにある古びたお社にはね、女の神様がいて、村の人を守っているんだよ」 「女の神様?」  和哉はふと思い出した。一緒に住んでいるおじいちゃんが言っていた話だ。  ――昔、あの社に関わる女は時々、神隠しにあってな。あそこに祭られている神の妻にさせられているんだと言われておる。 「ぼく、男の神様だと思っていたよ」 「昔はたしかにそうだったよ。好みの女の人をさらってばかりいたひどい神様だったんだけど、今は女の神様になったの」 「そんなこともあるもんなんだね」 「うん。女の神様はね、村が好きでね。逆に男の神様は村を無くそうとしたから、戦ったんだよ。戦って、神様を譲ってもらったの」  和哉は気づいた。こんなに暑いのに、女の人は汗一つかいていない。それに、なぜか木々の影に隠れるようにして立っている。  なんだかそれが不思議でならなかった。 「和哉くん。ひとつ、お願いがあるの」 「なに?」 「お社の裏に木があるんだけど、そこには大きなうろがある。あそこを見てほしいって大人のひとに伝えてくれる?」 「どうして?」 「どうしても」  和哉はお姉さんを見上げた。きれいなお姉さん。でも、何かを隠している。尋ねようとした時、山の奥から「葵、葵」と呼ぶ声がした。  お姉さんは山へ振り向いて、「はあい」と答える。 「姉さんが呼んでるから行かなくちゃ。じゃあね、和哉くん」  お姉さんは人気のない山へ裸足で駆けていった。  急に和哉は寒気を覚えた。――あのお姉さんとは初めて会ったのに。どうして昔からの知り合いだと思ったんだろう。村の人の中にも、あんな人はいなかった……。  和哉は大急ぎで家に帰った。家で待っていた母親に昼食を作ってもらって、食べて。日が少し傾き始めて涼しくなってきたと感じたころ。和哉は懐中電灯片手に外へ出かけることにした。  お姉さんの言葉が気になったから、自分の目で確かめようとしたのだ。  山を少し分け入ったところにあるお社は、人がほとんど寄り付かない。ちょっと見て来るだけ、と言い聞かせた和哉は、ぼろぼろの社の裏へ周り、大きな(くすのき)のうろを探して、懐中電灯で中を照らした。 「うわあっ」  中にあるものを見つけた途端、和哉は尻餅をついた。木の葉や土が入り込んだうろの中。ふたつ大きな穴のあいた白いものが半分見えている。  土にまみれた、頭蓋骨が。 『和哉くん。驚かせちゃったね』  すぐ耳元で女の人の声がしたものだから。  和哉は今度こそ、一目散に逃げかえった。  ――後日。見つかった骨が二十年前に村で行方不明になった女子大生のものと判明するのは、別の話だ。
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