例え悪女と呼ばれても

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 翔雲の祖父であり、白盈の父親でもある今上帝は戲劇狂いで有名だ。若かりし頃からお気に入りの演者がいれば性別を問わず寵愛し、それが奢侈淫佚(しゃしいんいつ)(ふけ)っても(とが)めるどころか更に愛玩(あいがん)を深くする。文字通り、子犬や子猫を可愛がるかのように。  彼の妃妾(ひしょう)(ほとん)どが政府高官の娘や門閥(もんばつ)貴族の娘ばかり。皆、容姿も美しく才溢れる女性ばかりだが今上帝のお気に入りはいつだって演者だ。  白盈の生母は歴史ある戲劇小屋で主演を務めていた。仙女のごとき(かんばせ)に、小鳥のような歌声を気に入られて召し抱えられることとなった。 (お前が生まれなければ、もう少しマシだったのに)  今上帝の彼女への寵は深く、二人の合いの子である白盈に対しても、文字通り目に入れても痛くないというほどに溺愛している。〝(ちん)の後を継ぐのは、娘の白盈ただ一人である。それ以外は決して認めぬ〟と声明を出すほどに。  その言葉のせいで皇太子である翔雲は、自分よりも地位の低い女に(へりくだ)る必要があった。この国では皇帝の言葉が絶対。野良犬に王位を譲ると言われれば、間違っている行いであっても厳守しなければならない。  生母が(いや)しい身分であっても今上帝が白盈を指名したのならば。翔雲に(めと)るように言ったのならば。——翔雲は逆らってはいけない。 「……そうですね。何者でもない、あなたの言葉ですもの。父上に会った時に(いさ)めてみるわ」  紅い紅で(いろど)られた唇を持ち上げ、白盈は蠱惑的に笑む。  その笑みには(あざけ)りの色が垣間見えるが、機嫌を損ねることなく、欲した言葉を手に入れることが出来て、翔雲は胸を撫で下ろした。 「ありがとうございます。本日はお忙しい中、無理にお時間を作っていただき感謝いたします」 「あなたも大変ね。皇太子なのに、父上の尻拭いに奔走(ほんそう)して」  まるで自分は悪事を働いていないとでも言いたげに白盈は笑う。 (お前も浪費しなければ、俺はもう少し楽できたんだ)  怒りでひくつく筋肉をどうにか引き締めて、翔雲はさらに(こうべ)を下げるのだった。
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