第二幕

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扉の前で深呼吸をし、笑顔を作る。 「ただいまぁ~!」 いかにも楽しかったというような、無邪気な態度で。 「あら、美織。お帰りなさい。新しい学校はどうだった?」 「楽しかったよ!―――あ、手、洗ってくるね!」 ここまでは、順調だ。 私が何も感じられなくなってしまったということを、母に知られてはいけない。 これ以上、負担をかけてはいけない。 「それでね、前の席の恵奈ちゃんって子が、」 鏡の前で固めなおしてきた笑顔を、維持する。 私の仕事は、勉強と、母に負担をかけないこと、母の言うことを聞くこと。 「……美織?どうしたの?全然食べてないじゃない。」 慌てて、おやつに手を付ける。 昔は好きだった母の手作りのケーキも、今は味がしなくなってしまった。 美味しかったのに。 味覚がなくなったことも、食欲がなくなったことも、知られてはいけない。 これ以上、母に負担をかけてはいけない。 私は、いい子だから。
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