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成人の儀というものの詳細を私は知らなかったが、それにしてもこれはなんだと、目の前の料理の山を見て私は呻いた。
もちろん、これがメインなのではなく、あくまでも先ほど行われた――目を閉じているほんの瞬きの間に終わった――ものが儀式であり、この料理の山は祝宴であることは察しがつく。けれど「これをすべて食べてください」と言われたときは、さすがに愕然としてしまった。姉と二人で食べるにしたって多い量であるし、姉はもういないのに。
姉のことを考えるとふと気分が落ち込んでしまう。姉自身が受け入れたことなのだから、今さら私がとかく言うことではないのだと振り払い、 もう幾年もの間、成人の儀を取り仕切っている婆を振り返る。
「……婆、すべて食べねばなりませんか?」
いくらなんでも多すぎるという不満を込めて言うが、婆は重い表情で頷くのみ。
「サエ、残らず食べるのです」
むしろ念まで押される始末。
はあ、と溜め息をついて、手前にあるものから口に運んだ。
肉なのはわかる。臓物の一部だろうか。今まで食べたことのない食感であり、同時に。
「――?」
食べた瞬間から何かが内に広がるような気がした。それに手を止めれば、婆がこちらを見るので再び別のものを口に運ぶ。それもまた、口にした途端に何かが内に広がった。
「……婆」
「なんですか?」
「婆、これは、いったい、何?」
不快、ではない。むしろ、快感に近い。ぞわぞわと背筋をなぞるような感触。昨晩の姉との行為を思い出した。姉の肌が私に降れるたび、私は内側まで姉に撫でられたかのように体を震わせたのだ。
婆は、私の問いには返してくれなかった。ただ、すべて食べればわかることです、と短く告げた。
目の前に広がる料理は際限がない。けれど、婆の言う通りにすべき気がして、私は食べることに集中した。
山のような料理を食べ終えた私は、そのまま神殿に向かう。私の知識が正しければ、今朝キエが入り、そして二度と出てくることのなかった場所。
成人の儀が終われば、次に待っているのは巫女となるための儀式。
案内されるままに中に足を踏み入れる。そこは何もない空間だ。過去に一度だけ、嬰児の頃に来たことがあるのだが、私はうっすらとした記憶しかない。明確に覚えているのは、真っ暗で親もいない場所で泣いていたこと。
私が中央に立てば、ぎい、と音を立てて扉が閉められる。このあとに待っているのは暗闇だ。けれど、不思議と今日はその暗闇に対しての恐怖があまりなかった。
何もすることはないので床に座る。板張りの床はひんやりとしており、人肌を恋しく感じた。昨夜のキエとの行為は暑いほどだったので、ここでやるなら丁度良いなどと、不遜なことを考えた。
『それほど恋しいか』
「ひっ!?」
突然の声に肩を跳ね上がった。気づけば周囲は光に包まれている。
「だ、誰?」
『我の声が聞こえるか』
声は聞こえるが姿は見えない。周囲を見渡しても光があるだけで何も見えない。
『待ちわびたぞ』
「待ちわびた……?」
相変わらず姿は見えないのに話だけが進んでいく。けれど、害意はないことが、なんとなくわかる。あれほどに驚いたのに、胸の鼓動は平静なままだ。
胸に手を当てる。
――キエ?
そこに姉を感じたが、姉はここで捧げられたのだから、その残滓が残っているのかもしれない。
「ひゃっ!?」
今度は肌を撫でられる感触がして間抜けな声を上げてしまう。
「あ、ちょ、やめ……」
姿も何も見えないのに、その感触が胸から下腹部、そしてその奥へと移っていくのに、相手が何をしようとしているのかわかった。しかし、感触のあるあたりを払ってもなんの手応えもなく、なされるがままに体が熱を持ち始める。
「あ……」
奥まで、体の内側にまで何かが入ってきて、びくりと震える。けれど、その感触には覚えがあった。
「キエ……?」
つい先日、昨夜のこと。それを忘れるわけもなく。
顔を上げた光の中で、何者かと目が合った気がした。
目が覚めたとき、私は何事もなくもとの場所に座っていた。やがて扉が開いて外に出ても、まだ日付すら変わっていない。さすがに具体的に言うのは憚られたので、変な夢を見たと婆に言えば、婆はなぜか嬉しそうに「ようやっと本物の巫女様が現れた」と言った。
巫女としての仕事は単純かつ簡単。日に一度、神殿に上がるだけ。けれどそのたびに私はあの変な夢を見た。それと同時に、もういないはずのキエの存在を感じた。当初こそ嫌厭気味だったその課は、やがて私にとってキエとまぐわう時間に変わっていった。
これは夢なのだ。ならば、どれほど有り得ないことであっても、それは有り得ることなのだ。夢の中でキエと体を重ね、幾度もあの夜を繰り返して――
私は妊娠した。
日に日に大きくなる自身の腹を見てようやく私は、あれが夢などではなかったのだと理解した。
「ここには、神様の御子がおわすのですよ」
婆が腹を撫でて言った言葉が咄嗟に理解できなかった。妊娠したという事実が受け入れられなかったからではない。「神様の子」という言葉が引っかかったのだ。
ここにいるのは、私とキエの子だ。
そして私は出産と共にキエとひとつになるのだ。
不自然なほどの確信。かつての自分が聞けば何を言っているのだと笑ってしまうような世迷言。けれど、今の私には確信があった。
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