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結論から言えば、標的と少女は夜まで一緒にいた。標的がひとりになったのは、空も暗く、街灯がちらつく夜も夜。良い子のみんなは明るい内に帰れと言いたくなる。
途中まで道路を歩いていた標的は、途中で公園に入った。疑問に思ったがそのまま後をつける。こちらは姿も音も消している、気付かれることはほぼほぼない。
「さて」
公園の中央。人気のいない時間にこんな所に来たのが運の尽きだ。いや、彼の場合は運も何もあったものじゃないのだが。
「今度こそ死んでもらうぞ」
空気を操り見えない手を作る。首を掴んで絞め殺す。ここなら誰も見ていない、ならば不審死だとしても疑われまい。
腰を据え、魔力を籠め、そして。
「そこまでだ」
背後からの声にばっと飛び退いた。今まで立っていた場所の地面が捲れ、そこにいた人物をプレスするように土の壁ができる。
「なっ――」
馬鹿な、この世界には魔法は存在しなかったはずだ。
「貴様がこの世界担当の使徒か」
土壁が崩れ、暗闇の中に人影が揺れる。
「お前……っ」
そこに立っていたのは、日中、標的と一緒にいた少女であった。
「なに、ものだ?」
「私は、貴様らが『魔王』と呼称するものだ」
魔王? 魔王だと? 魔王も異世界に渡ることができるというのか? というよりも魔王が好みの司祭の性癖はやばいのではないか?
突然のことに頭が混乱する。だが、それを相手に気取られてはいけない。
「なるほど? 前回は勇者に倒されたから、今回は事前に勇者を篭絡させておこうと、そういう考えか?」
「ふむ、なるほど、それもありではあるが――」
魔力を籠める。先と同じく、見えない手を生み出す。それも巨大な手だ。その手で一気に少女を――魔王を押し潰そうとして、失敗した。
「な!?」
今日何度目の魔法の失敗だと叫びたくなった。
「ちょ、司祭! 今回ばかりは邪魔すんな……あれ?」
てっきり司祭の仕業かと思ったが、やつの魔力は感じない。
「まさか」
「そのまさかだ」
「くそ、やられた」
この公園自体に魔封じがかかっている。
「彼には、今日の帰りはこの公園を通るよう、言っておいたのだ」
「過保護なことで!」
「ちなみに、君に言ってもあまり効果はなさそうだが、私はこの子の体を間借りしているだけで、この子自体はこの世界の人間だ」
「は、勇者の彼女に間借りとは」
「妥当だろう? それに無理やりじゃない、きちんと事情を話して了承を得て間借りしているからな」
「律儀だな」
「私も前回負けたことで反省をしたんだ。魔物どもは基本的に個々が気ままに動くのだが、やはりきちんと契約を交わし、いざというときは助け合うことも大事だとな」
なんとなく前回の戦いの様子が垣間見えた気がしたが、今はそんなことはどうでも良い。なんとかしてこの公園を抜け、魔王の手をかいくぐり、あの標的を――
「だからこそ、今回は復活してすぐに人類側に停戦協定を結びませんか、と声を掛けたのだが……」
「は?」
今、魔王と名乗る少女はなんと言った?
「さすがに無視した挙句、かつて私を殺した勇者の魂を回収しようと画策するのはいかがなものか」
「……すみません、俺、人間側なんですけどそんな話聞いてません」
おそるおそる手を挙げて申し出れば、魔王は考えこむように手を顎に添えた。
「ふむ、少なくとも使徒としての仕事を担っている以上、末端とは言い難い貴様でも知らぬか。なるほど、やはり全面戦争を人間側は望んでいるのだな」
「少なくとも俺は望んでません」
というより、戦わなくて済むならどうしてそちらに動かないのだ上層部は!
暫し考え込んでいた少女は、やがて深々とため息をついた。
「まったく……人間というものは叡智の塊のような種でありながら、どうしてか言葉が通じぬ。前回も勝手に怯えて、勝手に混乱して、勝手に死んでいった挙句、私のせいにされても困るというものだ」
どうやら歴史書から売れた印象は何ひとつ間違っていなかったようだ。
「まあ良い。貴様は無害そうだ。とにもかくにもあやつは殺してやるな。殺すのならば私が貴様を殺す。この少女とはそういう契約をした」
「それは約束できない。俺も家に帰りたいんでな」
そう、俺は勇者の魂を回収しなければ元の世界に戻れないのだ。
「ならば老衰するまで待て」
「待てるか。ほぼほぼこの世界で生きろって言ってるようなもんじゃないか」
「ふむ、ならば」
今、ここで死ぬか?
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