トレードオフ

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 あまりのことに呆気に取られてしまったが、標的がこの世界で見つかったならこんなラッキーはない。体を透明にし、ぐっと高度を下げて標的を見る。年の頃は十代半ばだろうか、まだ顔に幼さが残る。着ているものは自分が学び舎に通っていたときと似たようなものだ、つまり制服だろう。  なるほど、ガキか。  これから先の輝かしい人生にわくわくしている年頃だろう。だが申し訳ない、こちとら人類の存亡の危機がかかっていることになっているのだ。ここでひとつ死んでもらおう。  この世界の人間は武器も持っていなければ魔法も使えないことは、ここに来てから目で見て確認した。おかげ様で空を飛んでいるところを人に見つかると指を差されて騒がれるため、低空飛行するときは体を透明にしている。  誰にも気付かれないまま建物の二階ほどの高さに降り、どうやって殺したものか思案する。手っ取り早く魔法で殺しても良いのだが、それだとこの世界では大混乱を招くだろう。こちらの都合で死んでもらうのだから、なるべくこの世界への被害は少なめにしてやるくらいの心配りはできるつもりだ。 「さて……」  あたりを見渡す。  そう言えば、この世界におけるこの国での死亡理由のひとつに「交通事故」というものがあった。魔法が使えれば車と人の接触などあり得ないのだが、この世界には魔法がないのでそういう悲しい事故も多いのだろう。都合よく少年は横断歩道を渡ろうとしている。周囲を見渡し、そして。 「お、あの車とかいいな」  明らかにほかの車より速度を出している。精神干渉系の魔法と、電気系の魔法を同時に使う。標的に掌を向け、それから車まで移動し、距離を測る。よし、距離はこのくらいでいい。この世界では通信をするのに小型機器が必要らしく、それに電波を送って通信モードにしてやれば、予想通りドライバーは小型機器を弄り始める。  それで終わりにしても良かったが、やはり車と人の接触事故が多い国、前方への注意は多少なりとも配るらしい。 「いやいや、きれいに跳ねてくれよ、っと」  そこで精神干渉系の魔法を使い、意識をすべて小型機器に移したところで。 「――は?」  その車はウインカーを出し、そのまま路肩に停めた。 「は?」  そんなバカな、確かに成功したはず――否、妨害魔法がかかっていた。そして、その魔力から、魔法を放った人物を特定し、再び建物四十階ほどの高さまで浮上する。周囲には誰もいない。声を聞く人もいないだろう。  これならば安心だと司祭に通信を繋ぎ、そして。 「いきなり何ジャマしてんだ!!!!!」  腹の底から怒鳴りつけた。
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