染めの作業

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染めの作業

「どうだい? 宇流、なんとか急ぎ仕事をしてはくれまいか? このままでは折角、順調に進んでいるこの商いが村から奪われてしまう」  村長は泣きそうな顔だった。 「そりゃあ、あたしだってなんとかしたいですよ。でも、こればっかりはどうにも……」  宇流はそう答えるしかなかった。 「塗りを短縮させるわけにはいかねえか」  村長の隣に控えていた留吉(とめきち)が聞く。 「それは無理です」  一度塗っただけでは駄目だと、そう宇流は護から言われていた。 「仕方ないね」  村長は溜息をついた。 「何かいい案があったら教えておくれ。今日はすまなかったね。もうお帰り」  村長はそう宇流に優しく言う。  宇流は深くお辞儀をして、村長の家から出ていった。 「困ったねえ」  村長がもう一度溜息をつく。 「村長、私に考えがあります」  留吉がそう言って、村長の耳元に口を寄せた──。    その夜──。  宇流が一人古家で眠っていると、突然家の板戸が押し破られて、複数の覆面の男が入ってきた。 「なんだい? お前達」  宇流は驚いて起き上がるが、すぐに男達に羽交い絞めにされ猿轡(さるぐつわ)を噛ませられた。 「う──っ、う──っ!」  宇流は声にならない声を上げ抵抗するが、男の一人に鳩尾(みぞおち)を殴られ気を失ってしまった。  次に気が付いた時、宇流は座敷牢のような場所に閉じ込められていた。その立派な造りから、そこは村長の屋敷のように思えた。  宇流は何日もそこに留め置かれた。  頑固な宇流に苛立った村長達が宇流を閉じ込め、その間によからぬ方法で山珊瑚を用意しているのではないか──? 宇流はそう察して恐ろしくなった。 「ねえ、山珊瑚はどうなったんだい? まさか、染色を適当にしてるんじゃないだろうね」  宇流は食事を届けに来る女に尋ねた。  女は毎回同じ女のように見えたが、顔を手拭いで隠して声を発さない。宇流の質問にも答えてはくれなかった。 「ねえ、教えてくれよ。それじゃ駄目なんだよ。色落ちが出たら山珊瑚の信用が落ちて、また昔の村に戻っちまうんだよ」  宇流の懸命の言葉に、女は覆面を取った。  村長の屋敷で見たことのある女中だ。やはりここは村長の屋敷だったかと宇流は悟る。 「留吉さんを中心に注文の品を急いで仕上げて、昨日、郡奉行のお屋敷に届けたようです。姫様のお城入れは明日と聞いています」 「遅かったか……」  宇流はがっくりと肩を落とす。  宇流は食事も喉が通らず、座敷牢の高窓から覗く月を見上げていた。
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