山珊瑚

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山珊瑚

「旅の者だ。この辺りで山珊瑚(やまさんご)が採れると踏んで山歩きをしていたんだが、とうとう見つけた」  男は答えながらも、一心不乱に穴を掘っていた。 「山珊瑚?」  宇流は尋ねる。 「それが山珊瑚というのか?」   「そうだ」  男は手の動きは止めずに答える。 「海の珊瑚は聞いたことはあるが──」  宇流は不思議に思う。  海の珊瑚は大変高価だと、村に出入りの小間物売りの行商が話しているのを聞いたことがあった。もちろん宇流は噂に聞いただけで、珊瑚自体を目にしたことはない。 「多分、昔はここら辺も海だったんだろう。陸になって古い珊瑚がそのまま埋もれて石になった。それが山珊瑚だ」  男が説明する。 「この山が海だった?」  宇流は驚く。信じられない話だった。 「しかし海の珊瑚は真っ赤だと聞いたぞ」  血のように赤いと行商の男が言っていた。 「よく知ってるな。きっと長い年月の間に色が抜けちまったんだろう。都ではこの山珊瑚に赤い色を付けて、大層重宝がられているんだ」    説明しながら手を動かしていた男は、やがて一本の細長い石を掘り出した。 「さあて、これで良し。どうだい? お嬢ちゃん、興味を持ったかい?」  お嬢ちゃんと言われたのにはむっと来たが、山珊瑚には正直興味があった。 「ああ。この山は小さな頃からおじいと歩いた、あたしにとっちゃ庭のようなもんだ。どこに動物の巣があって、どこに花が咲いているかもちゃんと頭に入っている。しかし山珊瑚というのは初めて聞いた」  祖父もそんな話はしたことがなかった。 「俺はしばらくこの山を歩く。興味があるなら、俺が山珊瑚のことを教えてやってもいいぜ」 「えっ?」  宇流はその提案に心惹かれる。  しかし相手は初めて会った男だ。信頼していいのか迷う。 「頼むよ」  しかし好奇心を抑えることはできず、また男の素朴な笑顔に嘘はないと感じた宇流は、その申し出に乗ることにした。  宇流の返事に男は一層笑顔になった。 「ところであんたの名前は? 俺は(まもる)だ」 「あたしかい? あたしは宇流っていうんだ」 「ほう、ウルか」と男は顎に手をやりじっと宇流を見る。 「なんだい? 変な名前って笑うのかい?」  宇流が少しむっとして言うと、男は首を横に振る。  「違う違う、そうじゃないさ。“ウル”っていうのは遥か南の国では、珊瑚のことを言うらしい。だから、これも何かの縁だって思ったのさ」  そう言って爽やかに笑う男に、宇流は不思議な感情を抱く。こんな気持ちになったのは初めてのことだった。  しかし男はそんな宇流には無頓着で、「明日もここで落ち合おう」と言うと、山奥へ消えていった。 (山奥に野宿でもするのだろうか)  宇流は男を見送りながら考えた。  流石の宇流も山で一人夜明かしするのは怖い。 (なんて男だ)  宇流は男の背を見ながらそう思った。  
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