修業

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修業

 次の日から宇流は山へ入り、護に付いて山珊瑚探しを習った。山珊瑚は林の中、少し木々の間隔が開いた場所で見つかるようだった。  先が土から少しでも出ていれば儲けもの。まわりをそっと掘って取り出せばいい。 「先が出ていないものもあるのかい?」 「ああ。長い年月の間に土に埋もれてしまったものもあるだろう。そういうのは、とにかく掘って探すしかないのさ」    山珊瑚探しと並行して、山珊瑚の染色の方法も教わった。 「ほら、この木の赤い実を使うんだ」  護はそう言って、一本の木の所へ宇流を導く。  小さな赤い実をたくさん付けた木だった。その実を二人で籠に山盛りに集め、さらに山奥へと進む。 「あんた、いつの間に」  案内されて行った場所を見て、宇流は驚く。  護は山奥のその場所に仮小屋を作っていて、そこで寝泊まりしながら染色もしているようだった。  染料は赤い実を潰して漉して、何日も煮立てて作る。護は仮小屋の仮設の竈で染料を煮詰めていた。 「いいか、濃く煮詰まったら冷ましてから塗るんだ。ただし、一度にべったり塗るんじゃないぞ」  手本を見せながら護は言う。 「薄く何重にも塗り重ねるんだ。塗っては乾かし、乾いたらまた塗る。この繰り返しを何日もかけてやる。でないと、すぐ色落ちしてしまうからな」  護は筆で薄く塗っては乾かし、塗っては乾かしを繰り返していく。 「表面に色を置くだけじゃ駄目だ。こうすることで白い珊瑚の中から染めていくんだ」  もともと器用だった宇流はすぐにそれらを自分ものにした。 「しかし、大変な作業だね。もっと簡単に染める方法はないのかい?」  宇流が塗りを繰り返しながら聞くと、護は「あるにはある」と言った。 「えっ? どうやるのさ?」 「あまり薦められない方法だ」と護はそれを説明した。  聞いた宇流も、「そりゃ残酷な。それにあたしには関係なさそうだね」と言ってぶるると震えた。  そうやって一月(ひとつき)もした頃、護は「これでお前に教えることはなくなった。もう独り立ちできるだろう」と宇流に告げた。そして、「そろそろ俺も次の場所へ行こうと思う」とも。  いつかは別れが来るのはわかっていた。しかし、それは唐突だった。 「行ってしまうのか」  宇流はぽつりと呟いた。 「どうだ? 一緒に来るか? お前とならいい相棒になれそうな気がする」  護はにやりと笑って言った。  その言葉に宇流は気持ちが動かされた。この村に肉親や恋人など自分を縛り付けるものはない。新しい場所へこの男と共に旅すると想像しただけで、心が躍った。  しかし──。 「駄目だ。あたしは村にこの山珊瑚のことを教えて、この村の生業(なりわい)にしたいんだ。不作でも悪天候でも、女子供が売られずに済むようにね」 「そうか。残念だが仕方ない。では達者で暮らせ」  護はあっさり引き下がった。 「もう、会えないのかい?」 「旅をして、またいつかここに戻って来ることもあるだろう」  それは約束ではなかったが、宇流の心を少しだけ慰めた。 「これをお前にやる」  護は何か細いものを取り出した。真っ赤な山珊瑚の(かんざし)だった。 「この山で採れた山珊瑚を加工したもんだ。お前も年頃の娘だ。少しは自分の身にも気を遣え」  そう言うと、護は宇流の後ろで束ねた髪に簪を差した。 「あ、ありがとう」  宇流の恥じらいを帯びた様子は、いつもの男勝りな娘とは違っていた。  思わず護が抱きしめると、宇流は護の逞しい身体にしがみつく。そして二人は激しい口づけを交わし、草の上に倒れ込むように横になった。  宇流は初めて、男に愛されるということを知った。護に抱かれながら見上げた月が、とても美しかった──。  翌朝、宇流は火照った身体に戸惑いながら山を下りた。  護には、「見送らないよ」と最後の別れを告げてきた。去っていく姿を見送れば、一緒に行きたいとそう思ってしまっただろう……。  
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