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郡奉行の注文
宇流はその日のうちに村長に掛け合い、山珊瑚の加工を村の副業とすることになった。
宇流が山での山珊瑚探しを請け負った。そして、村の女達に方法を教え、染料造りを頼んだ。
男達には山珊瑚の染色と、簪や帯留め等の商品への加工、それに町へ売り捌きに行く役を手分けしてやるよう頼んだ。
途中で問題が起きることもあったが、村長の下で働く留吉という中年男が上手く捌いて解決してくれ、少しずつ生業が形になって利益が出るようになった。
山珊瑚は近隣の町で大人気になっていた。
武家はもちろん、裕福な町人達も、希少な珊瑚の代わりにと買い求めた。
町に出た留吉は売り捌くだけでなく、いろいろな注文を取って来るようになった。
裕福な商家の主からは、山珊瑚を使った根付が欲しいと頼まれた。娘を嫁に出す武家からは、嫁入り道具に赤珊瑚に家紋をあしらった帯留めを作って欲しいと頼まれた。
手の器用な男達がそれらに対応して、ますます人気を博した。
「おい、宇流」
ある時、宇流の元を留吉が注文を持って訪ねてきた。
「おめえ、俺の嫁にならねえか」
「ふん。なんであんたと?」
宇流はつっけんどんに答えた。
留吉は酔うと手が出るらしく、妻子に逃げられ男やもめだった。
「俺達が一緒になりゃあ、いい商売ができると思うぜ。ほかに好いた男がいるわけじゃねえんだろ」
留吉はにやにやと宇流を舐め回すように見る。
しかし宇流はその言葉に、山で出会ったあの男のことを思い出していた。護は今頃どこにいるのだろうか──。
「さあ、そんなくだらない話をしてる暇はないよ。さっさと、品物を町で捌いてきておくれ」
宇流はそう言って冷たく留吉を追い出した。
ある日、町に下りていた留吉の案内で村長の元に壮年の武士が訪れた。
この地域を統括する郡奉行の腹心の部下で、岡本泰造と名乗った。
「お殿様のご息女の尚姫様が、新しく領主となられる若様の側室としてお城に上がられることとなった。そのお城入りの際にお持ちになるお道具に山珊瑚を使いたい。これらのものをすぐに準備するように」
岡本がそういって書状を差し出した。
それは簪、帯留めはもちろん、手鏡や衣装箪笥の飾り細工までこういう模様でこの大きさでと細かく決められた図面付きの目録だった。
すぐに宇流が呼ばれた。
宇流はその目録に目を通すと、「これは無理でございます」ときっぱり言った。
「無理だと? どういうことだ?」
岡本は気色ばんだ。
「一部は用意できましょうが、数が多くて姫様がお城に上がられるまでにすべては揃えられません」
「そこをなんとかならぬのか?」
岡本は引き下がらない。
「宇流、なんとかならないのかい?」」
村長も困って聞く。
「山珊瑚は既に掘り出したものを使うとしても、今からでは染色が到底間に合わないでしょう」
宇流は首を横に振った。
武士は宇流の心を変えれば何とかなるとでも思ったのか、事情をとつとつと語り出した。
「尚姫様が入られる奥には、お浜様という愛妾が既におられてのう」
その愛妾はもともと海辺の裕福な網元の娘で、身分は低いが実家が豊かで若様の覚えも目出たかった。海岸育ちで親が裕福なのをいいことに、本物の珊瑚の装飾品を揃えて大変羽振りが良いのだという。
「お城の奥で姫様が不憫な想いをしないようにという、殿様の親心なのだ。なんとかしてもらいたい」
「でも……」
それでもうんと言わない宇流に、岡本は痺れを切らす。
「お前達の山珊瑚の商い、殿様がお城に知らせれば、藩の物産事業としてすべて没収されてしまうのだぞ。山だって出入り禁止にすることは簡単だ。それを殿様のお情けで黙ってやっているのだ。いいな、なんとかしろ」
そう言い捨てると、岡本は帰っていった。
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