46人が本棚に入れています
本棚に追加
染めの作業
「どうだい? 宇流、なんとか急ぎ仕事をしてはくれまいか? このままでは折角、順調に進んでいるこの商いが村から奪われてしまう」
村長は泣きそうな顔だった。
「そりゃあ、あたしだってなんとかしたいですよ。でも、こればっかりはどうにも……」
宇流はそう答えるしかなかった。
「塗りを短縮させるわけにはいかねえか」
村長の隣に控えていた留吉が聞く。
「それは無理です」
一度塗っただけでは駄目だと、そう宇流は護から言われていた。
「仕方ないね」
村長は溜息をついた。
「何かいい案があったら教えておくれ。今日はすまなかったね。もうお帰り」
村長はそう宇流に優しく言う。
宇流は深くお辞儀をして、村長の家から出ていった。
「困ったねえ」
村長がもう一度溜息をつく。
「村長、私に考えがあります」
留吉がそう言って、村長の耳元に口を寄せた──。
その夜──。
宇流が一人古家で眠っていると、突然家の板戸が押し破られて、複数の覆面の男が入ってきた。
「なんだい? お前達」
宇流は驚いて起き上がるが、すぐに男達に羽交い絞めにされ猿轡を噛ませられた。
「う──っ、う──っ!」
宇流は声にならない声を上げ抵抗するが、男の一人に鳩尾を殴られ気を失ってしまった。
次に気が付いた時、宇流は座敷牢のような場所に閉じ込められていた。その立派な造りから、そこは村長の屋敷のように思えた。
宇流は何日もそこに留め置かれた。
頑固な宇流に苛立った村長達が宇流を閉じ込め、その間によからぬ方法で山珊瑚を用意しているのではないか──? 宇流はそう察して恐ろしくなった。
「ねえ、山珊瑚はどうなったんだい? まさか、染色を適当にしてるんじゃないだろうね」
宇流は食事を届けに来る女に尋ねた。
女は毎回同じ女のように見えたが、顔を手拭いで隠して声を発さない。宇流の質問にも答えてはくれなかった。
「ねえ、教えてくれよ。それじゃ駄目なんだよ。色落ちが出たら山珊瑚の信用が落ちて、また昔の村に戻っちまうんだよ」
宇流の懸命の言葉に、女は覆面を取った。
村長の屋敷で見たことのある女中だ。やはりここは村長の屋敷だったかと宇流は悟る。
「留吉さんを中心に注文の品を急いで仕上げて、昨日、郡奉行のお屋敷に届けたようです。姫様のお城入れは明日と聞いています」
「遅かったか……」
宇流はがっくりと肩を落とす。
宇流は食事も喉が通らず、座敷牢の高窓から覗く月を見上げていた。
最初のコメントを投稿しよう!