発覚

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発覚

 郡奉行の姫のお城入りの日は一日雨が降っていた。  姫がお城に上がった頃に留吉が現れ、やっと座敷牢の鍵が開けられた。 「おめえ、これからはもうちょっと素直になった方がいいぜ。どうだい? 俺がここで可愛がってやろうか?」  留吉がにやにやしながら宇流の側に近寄ってきた。そして宇流を抱き寄せると、臭い息を吹きかけながら宇流の顔に顔を近付ける。その時、宇流は思いっきり留吉の(すね)を蹴飛ばした。 「冗談じゃないよ。この世に男があんた一人だったとしても、絶対にあんたなんかにゃなびかないね!」  宇流は捨て台詞を吐くと、痛がる留吉を置いて村長の屋敷をあとにした。 「くそっ! 舐めやがって……」  痛みを堪えながら、憎しみに満ちた目で宇流が去ったあとを睨む留吉の様子を、宇流は知る由もなかった。      宇流は家に帰ると、何をする気にもなれず呆然としていた。  もし、山珊瑚の塗りが剝げたらどうなるのだろうか。これまで一生懸命村のためにと思ってやってきたことが虚しく思えた。  翌日。  宇流は村長の家に呼び出された。  座敷ではなく裏から庭に通された。  庭に面した座敷の縁側には先日の岡本と村長、それに留吉が座り、その隣には村が収めたお城入りの道具が並んでいた。 「やっぱり……」  宇流は呟いた。  山珊瑚の赤が剥げかけていた。  道中の雨に濡れないよう気を付けてはいたのだろうが、それでも濡れた部分の塗りが剥げてしまっていたのだ。 「宇流、お(ぬし)がやっつけ仕事で尚姫様のお道具に適当な作業をしたというのは本当か?」   「えっ」  宇流は驚いた。  青ざめた村長の横でにやっと笑う留吉を見て、宇流は察した。  すべての罪を自分が背負わされることになっているのたのだと──。 「尚姫様は大恥をかかされ、お殿様はお怒りだ。その罪は死に値する。この場で成敗してくれよう」  そう言うと、岡本は刀を抜いた。  こうなってしまっては、誰かが罪を背負わなければならないのだろう。宇流は覚悟した。 (あの時、あいつと一緒に行っていれば──)  宇流は愛した男のことを思い出していた。 「好きにすればいいさ。ただし、断末魔の時に私が無実だという証拠を見せてやるよ。この場で山珊瑚を真っ赤に染めてやろう。それを姫様に届ければいいさ」  宇流はきっぱりと言った。 「何? 小癪な!」  真っ赤になって怒る岡本の剣が宇流の肩を切った。 (……!)  村長も留吉も、そして岡本や周りにいた役人も驚いた。  宇流が血しぶきを上げながらよろよろと並べられた道具のもとに歩いていくと、その血が山珊瑚を赤く染めた。 「ふふ。これなら山珊瑚は色落ちしますまい」  段々薄れていく意識の中で、宇流はそう言って微笑んだ。  護が教えてくれた、“簡単に染める秘策“がこれだった。  恋を知った女の血を使えば瞬時に染められる──そう護は言ったのだ。
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