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山仕事
宇流の仕事は、毎日山に登り山菜やきのこを採ることだ。
宇流が暮らす山間の村は、近年深刻な日照りや大雨が繰り返され、農作物の不作が続いていた。宇流の山仕事は村の大きな助けになっていた。
宇流は綺麗な瓜実顔に涼し気な目元の美しい娘だ。山歩きで鍛えられた身体は引き締まり、陽に灼けて化粧っ気はない。いつも洗い古された粗末な綿の着物を着ていて、草履履きで山を飛び回っていた。
宇流に山での振舞いを教えてくれたのは、今は亡き祖父だ。幼い頃に両親を亡くした宇流は、祖父に育てられた。
祖父は山立(マタギ)の頭領として、村の狩猟集団をまとめていたが、宇流を引き取って引退してからは、畑仕事の傍ら山に入り山菜やきのこを採ったり、仕掛けで小動物を獲って生活の足しにしていた。
いつも祖父と一緒だった宇流は小さな頃から山へ入り、山の神への作法や禁忌、どこへ行けば山菜やきのこが採れるか、罠の掛け方等を教わっていた。
だから祖父亡きあとも宇流は嫁には行かず、畑仕事と山仕事をして一人で暮らしていた。男勝りの宇流をもらおうという男もいなかったし、宇流もこの人ならと思える男に出会えなかった。
不作が続く村では、借財を抱えて娘を身売りする家も出てきていた。先日も女衒が村に来て家々を回っていたらしい。なんとかこの流れを止められないものかと、宇流は焦燥感に駆られていた。
その朝も宇流は山に入り、前日仕掛けた罠に掛かっていたテンとイタチを、まず山の神に祈りを捧げてから始末して、背負っていた籠に入れた。
肉はいつも、自分で食べるほかは近所に分けてやった。毛皮も子沢山の家に安く売ってやり、そこの父親が加工して町で高く売っては銭を得ていた。
そろそろ戻ろうと急な山道を下っていると、ふと林の中を白い影が通ったのが遠くに見えた。
「こんな早くに?」
宇流は戸惑う。今は村の狩猟集団は別の山へ狩りに行っている。ほかの者はこんな早くに山には入らない。
何か訳ありで街道を避けて山越えをしようとする宿場の女か、あるいは物の怪か──。
なんとなく気になって追いかけてみる。宇流の足なら、追いつくのに然程苦労することはない。
林の中を人影が行った方に急ぐと、やがて木々がなくぽっかりと空いた場所に出た。
がっしり肩幅が広い男がしゃがみ込み、じっと地面を見ていた。
「兄さん、何してる?」
宇流が後ろから声をかけ、それから男の横に回る。
男は地面から出た白い石のようなものを見ていたが、やがてその周りの土を掘り始めた。
「あんた、よそ者かい?」
宇流が重ねて尋ねると、漸く男は顔を上げ宇流を見た。
見映えの良い若い男だ。意志の強そうな顔、髪は後ろで無造作に束ね、陽に灼けていた。
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