金の亡者と架空家族

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 萬谷満造は社長室で秘書の鈴木から自社の売上記録の報告を聞き、日焼けした顔でニンマリと笑った。黒いスーツに包んだ太った体が揺れる。今年度は想定よりも一億円も利益が出ている。それに帳簿をごまかして不正に得た金もある。満造はさっき鈴木にその金を壁の抽象画の裏の隠し金庫にしまわせた。  満造はヨロズー興産という会社という会社の社長だ。三十五歳で会社を始め、もうすぐ二十年となる。不用品買取を商売としているが、その実態は、二、三人の社員を独居の老人のもとに訪問させ、金になりそうな骨董品や絵画などを安値で買い叩き、持ち帰った品を高値で売るという詐欺まがいのビジネスだった。 「ーー以上より、このままのビジネスモデルを続ければ売上を維持できるでしょう」  デスクの前で直立不動で立っている鈴木は、黒革の手帳を閉じて報告を終えた。鈴木は、満造が半年前に雇った男だ。丸い銀縁眼鏡をかけ、髪を七三分けにしているが、他にこれといった特徴はない。もし休日に町ですれ違っても気づかないかもしれない、と満造は常々思っている。年齢は三十二歳で、前職も秘書だったらしい。これまでは満造が毎日のように叱責するせいで秘書は雇っても雇っても次々に辞めたが、鈴木は満造がどんなに理不尽に怒鳴っても次の日にはケロリとして会社に来るので満造は感心していた。営業課の奴らは俺が怒鳴るとすぐ縮こまるが、鈴木にはそれがない、と。 「ふん、売上を維持できる、かーー」  鼻を鳴らした満造に、鈴木はやや首をひねる。 「創業以来の高利益ですが」 「わかっている。だが、金はいくらあっても不足するものじゃない」  満造はため息をつくと、 「もっと金を儲けるにはどうしたらいい」  鈴木は「そうですね」と言いながら銀縁眼鏡のブリッジを指で押し上げた。 「高齢者向けの新しいビジネスを始めてみてはいかがでしょうか」 「新しいビジネス?」と首をひねった満造に鈴木は続けた。 「私には年老いた叔母がおります。叔母は独り身で、よく私に電話をかけてくるのです。どうやら寂しいようでして。叔母は一緒に暮らせる家族がおりませんので」  満造は「それで?」と続きを促す。巨体を椅子の背もたれに沈みこませると、悲鳴のようにきしんだ。  鈴木は「はい」とうなずくと、 「独居の高齢者は増えておりますし、家族ーーというより一緒に暮らす人がいなくて心寂しい人も多いのではないかと。これが何か新しいビジネスになるかもしれません 「独居の老人に、家族ーー」  つぶやいた瞬間、満造の脳内に雷のような衝撃が走った。満造は机を両手で叩いて立ち上がると、 「素晴らしいぞ、鈴木! 独居の老人向けにレンタル家族を提供する! 人と接することに飢えている老人たちに新しい家族を作るのだ! これならいくら高くても申し込む奴らは必ずいる!」  満造は下唇を舐めた。  しかもそのレンタル家族が丸め込めば、老人たちが家の奥底にしまい込んでいる貴重な骨董品を出させることもできるかもしれない。これまでの商売のノウハウも使えそうだ。 「ーーいえ、実はこれには問題がありまして」  鈴木は自分のスマートフォンを取り出し何やら操作して、画面を満造に見せた。『ファミリーよいよいレンタルクラブ』という会社のホームページだ。 「すでにこの会社が同様のサービスを行っております」  満造は鈴木のスマートフォンを奪うと、画面をスクロールしてホームページを一通り読む。 『あなたも家族が欲しくありませんか? 私共はあなたのニーズにあった家族をレンタル致します! どんな年齢、どんな家族でも弊社より派遣可能です!』 『感謝のお声が続々!』 『息子役や娘役の方々と過ごせて、自分に息子や娘がいたらこうだったんだろうな、と思わず笑顔になりました。(A県在住Sさん、六十三歳)』 『妻を若いときに亡くし、以来一人で暮らしてきましたが、貴社でお願いした妻役の方は素晴らしかったです。私好みの味付けで肉じゃがを作ってくれたときは涙が出ました。(B県在住Oさん、八十一歳)』  満造はホームページをじっくりと確認し、やがて鈴木に顔を上げた。 「ふん、小さな会社じゃないか。いざとなったら、この会社を買収して使えばいい」 「さすが社長は決断がお早い。ですが、レンタル家族とはどういうものかお気になりませんか。いかがでしょう、社長がまずお試しになっては。幸い、一ヶ月無料お試しプランがあるようです」  満造は「俺が?」と目を丸くした。確かに満造はずっと独り身だ。金を儲けることだけに必死で、誰かと生活を共にすることなど考えたこともない。 「ご自身が体験することで、より社長のビジネスプランが深まるものと思いますがいかでしょうか」  鈴木のその言葉に押されて、満造はレンタル家族を申し込むことにした。
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