金の亡者と架空家族

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 とは言え、満造はまだ『家族』に完全に心を許したわけじゃない。所詮レンタル、所詮ビジネス。金をかけているから、そういう風に見せているだけだ。  もしかしたら自分がいない間に家の高価な調度品や金庫の金を盗まれているかもしれないと、満造はしばらくの間スマートフォンに接続している自宅内の監視カメラの映像を仕事の合間に確認していたが、そんなことは何一つ起こらない。満造は二週間も経つ頃には監視をやめていた。  それでもしばらくすると『家族』のいる日常に満造は慣れていった。 「あなた、これは素晴らしい絵ね」  ある日の夕食のとき、ノリコがダイニングの壁にかけられた絵画を見てつぶやいた。微笑みをたたえた、若く髪の長い女性が繊細なタッチで描かれている。 「ああ、それは仕事上の関係で手に入れたものだ。十年ほど前に死んだ清沢光一郎という画家の初期の作品だ。市場だとかなりの高額になるはずだ」 「まあ、あなた、そんなすごい絵をどうやって手に入れたの?」  満造はノリコお手製のハンバーグを頬張ったまま答えた。 「なに、清沢の妻から買い取ったんだ。老人ホームに入る金がないと言っていたんでな。うちの社員が見つけた掘り出し物だ」 「ええ、お父さんの会社の人たちすごいんだね!」 「カオル、すごいのはそういう人たちを採用して、そういうビジネスをしている父さんだからな」  カオルとマサルのやりとりに満造は内心ほくそ笑む。  実際には老女からほとんど奪うような形で持ち帰ってきたとは満造は言わなかった。社員の報告によると老女は玄関で涙ながらに「その絵だけは持っていかないでほしい」と懇願していたらしいが、契約書に記載された買取品の内容に気づかずにサインしたのは向こうの落ち度だ。満造は、読めないほど小さい文字で契約書の買取品のリストを記載するよう社員に徹底させている。 「玄関に飾ってある壺も、和室の掛け軸や日本刀もすべて客が俺に売ったものだ。その中から特に気に入った物を持ち帰ったんだよ」  思わず満造は笑い声を上げる。その拍子に口の中からハンバーグのかけらが飛び出す。 「もしかして他にもあなたの鑑識眼に留まった物があるのかしら?」  ノリコにそう言われて、満造はニンマリと笑って「ああ」とうなずいた。 「奥の部屋に鍵をつけていろいろ保管している。絵画や陶器、茶道具までいろいろな。老人たちから買い取ったものだ。会社の社長室にもいくつか飾っている」 「えー、そんなにすごい物があるなら私見てみたいな」  身を乗り出したカオルに、満造は軽く笑った。 「いつか見せてやろう。俺が入手したお宝ばかりだ」  そのときふと満造は気付いた。  いつの間にかずいぶんと笑うことが増えた気がする。これまでは社員に怒鳴り散らすことも多かったがそれもずいぶん減った。鈴木にすら、「最近社長が嬉しそうで何よりです」とまで言われていた。仕事ばかりして家には寝に帰るだけだったのに、今では夜七時には家に帰っている。食卓で『家族』がそばにいる時間が何よりも幸せだ。平日は一緒に食事をし、休日は家族の行きたい場所に出かける。マサルとカオルがバイトなり、部活なりで不在のときは、ノリコと二人で映画館や美術館に行くことも多い。  満造はすでに『家族』三人をお試しレンタルから、三ヶ月の契約に延長していた。契約料はかなりの高額だったが、ためらいはなかった。たとえ金で手に入れものだとしても、レンタルだとしても、この幸せがずっと続くなら安いもの、とすら満造は思っていた。  自分の言った「ただいま」に「おかえり」を返してくれる人がいることは、なんて幸せなのだろう。
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