金の亡者と架空家族

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 三週間後の夕方、満造はウキウキとマンションの廊下を歩いていた。各地の支社の視察で一週間ほど不在にしていたからだ。それほど長く家に帰れないのは嫌だったが、鈴木に説得されて渋々出かけた。その鈴木は昨夜一足早く帰った。会社で急遽チェックしなければならない書類ができたらしい。 「ただいま!」  玄関のドアを開けたが、部屋はしんと静まり返っていた。電気はついておらず、ノリコの料理の匂いもしない。マサルとカオルがおしゃべりする声も聞こえなかった。 「おい、誰もいないのか」  満造は玄関で靴を脱いだとき、ふと気づいた。そこにあるはずの高価な壺が無い。  満造は慌てて家に上がり、ダイニングルームに飛び込んだ。そこも真っ暗で誰もいない。そして、壁に飾っていた若い女性を描いた絵もない。絵があった場所はぽっかり空いている。和室を覗くと、床の間からは掛け軸と日本刀が消えている。  慌てて家の一番奥の部屋に向かう。テンキーロックを解除して飛び込んだ部屋には貴重な品々が所狭しと並んでいたはずなのに空っぽ。  まさかと思って書斎を調べると、密かにしまっておいた通帳や現金もごっそり消えている。  満造は慌てて鈴木のスマートフォンに電話をかけた。その間にも満造は部屋と部屋を行き来する。金目の物だけじゃない。あの三人の『家族』の私物も一切が消えていた。服や靴、カバン、歯ブラシから使っていた箸まですべて。何の痕跡も残っていない。  震える手で棚やクローゼットを開け閉めしながらも、鈴木に電話がつながると満造は相手よりも先に喋りだす。 「おい、大変だ! 宝が全部盗まれーー」 『しゃ、社長?』  聞こえてきたのは総務課長の声だった。 「鈴木はどうした?」と尋ねると、相手は混乱したように早口で答えた。 『鈴木さんは今日付けで退職されましたよ。今朝挨拶に見えられて、社長室に私物を忘れたからと入っておられましたけど……』  満造は心臓の鼓動が異様に速くなるのを感じた。すぐに会社に向かった満造は社長室に飛び込み、壁にかけてある抽象画に向かう。絵をどかして後ろの隠し金庫を開けたとき、「ああ……」と満造はため息をついた。  帳簿をごまかして密かに溜め込んでいた金が、きれいさっぱりなくなっていた。  パソコンのレンタル家族に関するメールはすべて消されていた。データの復元も不可能だ。そしてレンタル会社『ファミリーよいよいレンタルクラブ』は、ホームページすら存在していない。  老人たちを騙して手に入れた金や高価な品々はすべてなくなっている。それを鈴木とあの三人の『家族』に盗まれたのだとしたらーー。 「騙されたのか? この俺がーー」  つぶやいた満造は思わず床に膝をつく。  満造の会社に脱税の強制捜査が入ったのはこの三日後のことだ。
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