金の亡者と架空家族

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「ありがとう、カオルちゃん」  ベッドに腰掛けた上品な老女が、傍らの椅子に座ったカオルの手をそっと握る。満造の家にいたときとは違い、黒いTシャツに黒いジーンズ、膝の上には黒いキャップと黒ずくめの格好だった。実際の年齢は二十二歳だが、童顔のため女子高生と言われてもおかしくはない。  満造の逮捕が報道されてから一週間後のこと、カオルは山奥の老人ホームを訪れていた。老女の個室は午後の柔らかい日差しに満ちて明るかった。 「とも子さんのお力になれて良かったです」  カオルはそっととも子の手を握り返して、目を細める。 「私も萬谷には親戚の日本刀を奪われて、今回それを取り戻せましたから」  カオルは壁にかけられた絵画に視線を向ける。髪の長い若い女性を繊細なタッチで描いた絵。それは萬谷の家のダイニングにかけられていた物。とも子の亡き夫で画家・清沢光一郎の初期の作品だ。カオルは仲間と共にこの絵や他の品々を周到な計画で満造から取り返したのだ。  カオルの家は代々詐欺師で、彼女もまた詐欺師として生きている。しかしカオルは父から騙すのは悪人のみと言い聞かされてきた。今回カオルが親戚の日本刀を萬谷から取り戻す計画を立てていたときに、絵画を奪われたとも子のことを知って接触したのだ。  カオルの計画は、仲間の鈴木を萬谷の秘書として送り込むことから始まった。用心深い萬谷を信用させてから、鈴木は萬谷に儲かりそうな新しいビジネスを持ちかけた。それが『レンタル家族』だ。鈴木が同業他社の『家族』を試すように誘導した後は、カオル、そして他の詐欺師仲間であるノリコ、マサルの出番だ。三人で満造の喜びそうなことを言い、満造が経験したことのない幸せな家族を演じるーー。満造が三人に警戒心をすっかり無くした後は、満造が出張で不在にしている間に目的の金、骨董品、貴重な品々を奪うのみ。  鈴木が満造のパソコンから密かに見つけ出したデータをたどって骨董品などは元の持ち主にこっそり返し、すでに宝を売り払われてしまった人々には満造の不正な利益の中から見合った金額を現金で届けた。さらに税務署と警察に満造の裏帳簿を匿名で送った。最後に自分たちの痕跡をすっかり消していなくなるーー。すべてはカオルの計画通りだった。 「おかえりなさい」  不意にとも子がつぶやいて、カオルは振り向いた。はっとしてとも子が顔を向ける。 「ごめんなさい。なんだかあの絵から声が聞こえた気がしたのよ。『ただいま』と」  カオルは静かにうなずく。 「あの絵のモデルの女性、とも子さんですよね。もう一つはご主人の清沢画伯では」  カオルととも子の視線の先には隣り合って二つの絵が飾られている。一つは満造から取り戻した若い女性の絵。もう一つは同じ構図で描かれた男性の絵だった。それは清沢画伯の自画像だ。とも子はうなずくと、 「結婚したばかりの頃、主人が描いてくれたの。この絵は二つで一つ。でも私の絵だけを萬谷に取られてしまってーー」  カオルはとも子に微笑んだ。 「きっと、とも子さんの絵は『ただいま』を言っていますよ」  明るい陽射しの中で、二枚の絵は寄り添っているようにカオルには見えた。 「だってとも子さんのところに戻ってこられたのと同じくらい、二人が並んでいるのは幸せそうですから」
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