悲しみは おきざりにして

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 その夜、俺は一睡もできずに朝を迎えた。  日の出と共に、俺はカメラを持って民宿を抜け出して、田舎のご近所を散策する。  朝日を浴びた民家は、どこもオレンジ色を反射さている。  かつら民宿の隣の空き地の草むらは、朝露でしっとりと濡れていた。差し込む朝日がその水滴に反射してキラキラと輝いている。  そんな美しい自然の景色や、静かな朝の澄んだ空気が、昨夜の黒い感情を浄化させるようだ。  散歩から戻り、何気なく民宿に隣接しているコインランドリーに視線を向けると、店内に若い女性がいた。  ラフな服装をしているが、その女性は間違いなく山下さんだった。    「あれ、山下さん?」  なぜこんなところに? という驚きと高揚感で、無意識に名前を呼んでいた。  「え? 神谷さん?」  山下さんも驚いたように目を見開いて、俺の名前を呼んだ。    「帰ったんじゃなかったの?」  「ええ、列車が止まってしまっていて……」  「え! つくづくついてないね」  あまりに不運続きなため、俺はうっかり笑ってしまった。  さすがに失礼かなと、口元を手でおさえた。  話を聞くと、山下さんもかつら民宿に泊まっているとのことだった。  昨夜帰るつもりではいたが、遅めの夏休みであと四日間はお休みで、予定はないという。    「何だか縁があるね」  「ですね!」  山下さんが二重瞼のパッチリした目を細めて、フフフと笑った。    「あのさ、何が原因だったの? 実はずっと気になってたんだ……聞いてもいい?」  山下さんが山に置き去りにされた理由を思い切って聞いてみた。  「簡単に言うと、彼の浮気が発覚したことなんです。それを責めたら、浮気相手は私の方だったっていうオチで……まさか二年も付き合っていたのに……そして、"最低だ"とか"鬼畜"って怒り任せに暴言吐いたら下ろされちゃいました」  山下さんはそう言って、肩をすくめた。  他人事じゃないと思った。まるで自分のことのように思えてならなかった。  「そんな男のために悩んだり苦しんだりする必要なんかないよ」  山下さんの話を聞いて、心の底から思ったこと、感じたことがそのまま言葉となった。  
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