悲しみは おきざりにして

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 高校に上がるとき、俺は父の愛人の子であることが分かって、あらゆることを理解した。  父の愛人である俺の実の母親は、俺を出産するときに亡くなったらしい。それで仕方なく俺を引き取ることになったのだという。  このことは、長年務めている家政婦のトミコさんにしつこく聞いて教えてもらった。    俺は神谷家に籍を借りているだけの透明人間なのだ。  そんなこと、もうとっくに割り切って、俺は俺の人生を生きていたのに……  それなのに、血縁ってすごいよな。  望んでもいないのに、似てしまうのだから。    外見は似ていても、兄貴は俺より自己肯定感が強くて、プライドも高くて、深雪は追いかけるばかりだったんだろうな……隙がなくて、体裁ばかりを気にする男だもんな。  それに医師という職業柄、一緒に過ごす時間も短いのだろう。  深雪がそう言ったわけではなかったが、付き合ってきた二年間を思い返すと合点がいった。    それでも、本当につらくてやるせないのは……俺は本気で……    『ごめんなさい、こんなことになって……でも、許してほしいの。だって、私たち……家族に……』  "家族"という言葉を聞いた瞬間、みぞおちの辺りが圧迫されて、吐き気をもよおした。  「う……」  俺は急いで、部屋にあったゴミ箱に顔をうずめた。  喉元まで胃の内容物が上がってきたが、それらは口から飛び出てくることはなく、俺はゲホゲホとむせ込んだ。  『ねぇ、直人? 大丈夫?』  床の上に放り出されたスマホの奥で、深雪が俺の名前を親しげに呼ぶ。  俺は、布団の上のそば殻の枕を掴んで、スマホに向かって投げ飛ばした。  「やめてくれ! そんな風に俺を呼ぶな!」    ボフッと、スマホは枕の下敷きになって、深雪の声は聞こえなくなった。  俺は胸元のシャツを掴んで、荒げた呼吸を整えることに集中した。  なぜだか不意に、山下さんの泣き痕の残った笑い顔が脳裏に浮かんだ。    「俺も、何でこんな女に苦しめられてるんだろうな……」  そう小さく呟くと、うっかり気がゆるんで涙がホロリと零れ落ちた。  
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