悲しみは おきざりにして

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 会食の二時間もの時間を、俺はどう過ごしていただろう。  ありきたりな挨拶をして……振られた質問には上手く答えられていただろうか。  贅沢な料理も、ゴムを食べているみたいで味なんてわからなかった。  「ハハハハ」「オホホホ」という作られた笑い声が耳の奥にこべりついて離れない。    「克己(かつみ)さんと深雪(みゆき)は四年もの交際をしてたんですって?」  彼女の母親は間違いなくそう言った。    四年って……    ビールを飲むピッチがあがり、酔いが回った。  酔ったことを言い訳に、引き留める兄貴を無視して早々に帰宅した。  俺は自宅のマンションに帰るとすぐにPCを立ち上げて、兄貴の婚約者になった彼女……元恋人である深雪との思い出の写真を見返した。  そこにはまぎれもなく、共に過ごしてきた深雪の一瞬一瞬が切り取られて写っていた。  目を細めて照れ笑いを浮かべる深雪。「撮らないで」と手をカメラにのばした瞬間。寝顔、横顔、ふくれっ面……  胸が押しつぶされそうに苦しくて、胃の中の内容物がこみ上げてきて吐きそうだ。  深雪のデータをゴミ箱に移動させて、古いファイルを開いた時、まだカメラを始めたばかりの頃のピントの合わない滝や山の写真が大量に出てきて、無性に人里離れた山に行きたくなった。  ここではないどこか。  俺や深雪、家族のことを知っている人のいない場所。  人のいない、自然に囲まれた場所……。
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