悲しみは おきざりにして

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 「本日は、お日柄も良く……」  親父が、緊張した面持ちで挨拶を始めた。  目の前のお膳には、きらびやかな山の幸と海の幸の懐石料理が並んでいる。  何も楽しい事なんかないのに、笑顔を張り付けたままの母親。  背筋を伸ばして、余裕の表情をみせている兄貴。  その隣で俺は、斜向かいに座る彼女のことをじっと見つめた。  彼女は一切こちらに視線を向けることなく、俯いた顔を強張らせている。    両家の顔合わせ。  緊張した空気が心地悪く、俺は一刻も早くここから抜け出したかった。    吐き気がする。  つい一カ月前まで俺の隣で笑っていた君が、なぜそこに座っている?  何度も食事に出かけて、夜のドライブに行ったり、部屋で夜通し映画を観たり、世間の恋人がするようなことを一通りしてきた二年間。  ここ一カ月は連絡が途絶えて、どうしているのかと思っていたところだったが……  「好きなの」「愛してる」と、その薄い唇で囁いて、指を絡めながら体をすり寄せてきた君は幻だったのか?  テーブルの下で握りしめた拳がブルブルと振える。  出かけ前に切りそろえたばかりの爪が、手のひらに食い込んだ。
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