3人が本棚に入れています
本棚に追加
プレゼン成功、だけど……
森河村が、寄ってきた。
「真坂くん、さすがじゃないか。みんな感心してたよ。今回の商品、蓮根だの高麗人参だの、聞いただけだとみんな、『えっ』て思うからね。やはり広報の責任は重要だ」
満足げな顔して、顔を近づけてきた。
(っていうか、近いんだって)
口から吐き出す空気すら感じられる距離だ。苦笑いもしたくなる。
だが、それよりも衝撃だったのは、森河村から出てきた次の言葉の方だった。
「ただ、君の声、いつもよりずいぶん低く感じたんだけど、ひょっとして罹ったんじゃないか? マスクの意味、なかったな」
何を急に言い出すのかと思ったけど、自分では気付かなかった。声が低くなっている……?
ひょっとして、ヒゲが生えてきたのと関係があるのか……。
そう思うと、急に、心臓の鼓動が早くなって、具合が悪くなってきた。
「た、多分、調子が悪いからだと思います。それに、きょうはちょっと用事がありますので、先に失礼します。山平くん、あと頼んだわよ」
「あ、はい……」
印象が薄い子だけど、ノーと言わないところが、彼の取り柄だわ。なんだか嫌な気分がするから、午後7時前だったけど、帰ることにした。
午後8時には、吉祥寺の駅に着いた。お気に入りの小洒落た定食屋「お江戸屋」で、夕ご飯を食べることにした。
(女がひとりで定食屋にいても、誰も不思議がらない時代って、便利よね)
昔は、恥ずかしくて絶対できなかったけど。いまは「お一人様」の時代だから、わたしのようなキャリアウーマンでも、肩身の狭い思いをすることがない。
わたしは、「お江戸屋日替わり定食」をいただきながら、ようやくほっと一息ついた。わたしは、日替わり定食を食べながら考えた。
一流といわれる企業に勤め、仕事の面でも信頼を得、変な上司はいるけれど、毎日が慌しく過ぎていく。
ただ、ふと休みの日に1人で家にたたずんでいると、時折り言いようのない不安に襲われたりもするし、漠然とした虚無感がやってきたりする。
(みんな、毎日が楽しいのかな)
ふと、自分以外の人間は、毎日どんな気持ちで生活しているのだろうかと、疑問に思った。
最初のコメントを投稿しよう!