新興宗教?

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新興宗教?

(え? 新興宗教なの? 希ちゃんって、信者なの?) 「そ、そうなんですか?友人から、いい話が聞けて幸せになれるって聞いたんですけど」  恵田は、横目で見て笑った。 「あはは。そうね、大体の新興宗教って、『当方は新興宗教でございます』って勧誘してこないわ。そのお友達も、同じように勧誘されて、そのまま信者になったんでしょう。うちにも、よく来るのよ、そういう人。気になるなら、そのお友達を連れてらっしゃい」 (そうは言っても、あの熱心ぶりは……) 「余談だけど、あなたと別のオス化症候群になった女の子が、新興宗教に救いを求めたわ。表向きは、『すごく楽しい、幸せです』って言ってたけど、結局治らなかったのよ」 「そ、そうなんですか……。その人は、それでそのあと、どうなったんですか」  わたしは、不安に駆られる気持ちをなんとかコントロールしながら、聞いてみた。 「分らないわ。それから、連絡が取れなくなったの」  そりゃそうだわ……。ある日突然、女が男になったら、宗教に走ったり、失踪したくもなる……。 「とにかく、しばらく身体と精神をゆっくり休めて、自分のご褒美になるようなことをしたらいいわ。会社には、わたしが診断書を分からないように書いてあげるから」  恵田先生は、とにかく優しかった。とてつもなく包容力のある人だった。この人の言うことを信じようと思った。  次の日。精神的なショックが癒えぬまま、一応出社するだけはした。ヒゲも、剃るだけ剃った。マスクにも、もう慣れた。 「おはよう、山平くん……」  元気を出せという方が無理な話だ。 「真坂さん、どうしたんですか? 体調悪そうですよ」  いつもはわたしが元気づける山平くんに、逆に元気づけられた。セクハラ男の森河村も、敏感に反応してくる。 「真坂くん。どうしたんだ? 身体の具合でも悪いのかい? 彼氏と喧嘩でもしたのか?」  合わせ技で、お局も参戦。 「夜更かしでもしたんじゃないの? イヤらしいわね」  調子に乗って畳み掛けてくるなっつーの。 「え、ええ。大丈夫です。新日本新聞の取材を受ける予定があるので、ちょっと行ってきます」  奇異の目で見られている気がして、たまらずオフィスを出た。事実、葉梨とは会う予定があった。早めに来てもらうことにした。いつもの場所で、落ち合った。 「どうしたんですか? 予定より1時間以上も早いですよ」  相変わらず、パソコンを片手に原稿をチェックしながら話をする。一見したら、失礼な人以外の何者でもない。 「紹介してくれた、エデン・クリニックに行ったんです」  ん、と葉梨の腕が止まった。 「あ、やっぱり。行くと思ってましたよ。真坂さん、最近なんだかちょっと変だと思ってました。お役に立てて良かったです」  眼鏡の奥で、その小さな目がきらりと光った。  恥ずかしかったが、長い付き合いもあり、恵田先生を紹介してくれた葉梨には、オス化症候群の事を話した。いつの間にか、葉梨は珍しくパソコンをやめていた。 「へぇ。そんな病気があるんですか。難病指定受けてるんですか?」 「そ、それは知らないけど、放っておくと、わたし男になっちゃうんですよ……」  葉梨は、眼鏡をグイと押し上げた。 「……やっぱり、男になるのは嫌ですか?」  この男、めちゃくちゃ失礼な事を言う。 「当ったり前じゃないですか! 希望もしないのに男になるのが嬉しいなんて、思うわけないじゃないですか! 私、ずっと女性として生きて来たんですよ!」  つい、声を荒げてしまった。だってデリカシーの無い男なんだもん。葉梨は、バツが悪そうに謝った。 「そ、そうですね、すみません。それで、先生は何て言ったんですか?」  取り繕うように、葉梨はフォローしてきた。 「わたし自身の、幸せを見付けることが、治す唯一の手段だって」 「幸せを、見付ける?」 「そうです」 「幸せって、何ですか?」 「さあ。それが分かれば、苦労しませんよ。一体、わたしの幸せって、どこにあるのやら」 「そうですか。じゃあ、真坂さんの好きなこと、やってみたいことをしてみるのが、一番の近道なんじゃないですか?」  葉梨に言われて、私は考え込んだ。 「やってみたいこと……」  色々と頭を回転させてみた。幸せ……。新興宗教……? 宗教……。お寺……京都。  そんな連想ゲームで、京都が浮かんだ。  そうだ、京都行こう、なんてCMがあったわね。「歴女」ブームもあってか、ふと京都に行ってみようかと思った。 「そうね……。会社休んで、京都見物にでも行ってみようかな」  葉梨は、ニヤリと笑って、 「歴女ですか、ははは。いいんじゃないですかね。ブームだし。アラフォー女の自分探し、記事にしてもいいですか?」  まったく、失礼な事をずけずけと言うヤツ。 「お断りします。それから、アラフォーとか言わないでください。30代中盤は、これからです」  記事にされてはたまらないが、わたしは病気なのだと割り切って、会社に1週間の休暇をもらうことにした。
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