京都へ

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 次の日の朝。昨日のうちに準備を済ませておいたから、朝7時には家を出た。さすがにこの時間帯はすいてる。東京駅まで1時間、そこから京都まで2時間とちょっと。意外に近いわよね。  駅弁を買い込んだり、ウトウトしてたら、あっという間に京都駅に着いた。マスクは、やっぱりしている。 「うわ……。なんだか、イメージと違うわ」  京都駅ビルは、デパートだけでなくホテルまでも併設された、さながら街のようになっていた。わたしが修学旅行で来たときのイメージとまるで違う。 (嵐山の……。大龍禅寺が良いって、葉梨さんが言ってたわ)  京都で何をするか、あまり決めてなかったけど、座禅でもして、自分を見つめ直そうと思った。もちろん、やったことなんてない。  駅前からは、バスに乗って1時間ぐらい掛かった。嵐電、というのが便利だということは、あとから知った。 (どこにあるの?)  ガイドブックにも載っていない。有名な天龍寺や野宮神社の方向、ではなく、対岸の山道をのぼったところにある。嵐電の駅があり、お店がたくさんある辺りとは全然違い、こちらは誰もいない静かなところだ。 (本当に、こんな所にお寺が?)  あるのかな、と思ったけど、途中で山門が見えてきた。此方です、と書いてある。  息を切らせて、ようやく境内にたどり着いた。小さなお堂と、人が休憩できるような展望所があった。展望所に立って、見渡してみた。 「うわぁ、眺めが良いわね」  大勢の観光客で混雑する観光スポットが上から見える。小さな人影が、あっち行ったりこっちに行ったり右往左往している。 (見られているとも気付かないで……) 「参拝ですか」  振り向くと、袈裟を着た丸坊主のお坊さんが立っていた。 「え、ええ。座禅を組ませてくれるって聞いたので」  お坊さんは、人懐っこそうな笑顔で、 「そうですか。では、こちらへどうぞ」  お堂の中へ案内してくれた。そこには、小さなご本尊と、何かこの地に関係する偉人の像が安置されていた。これは、と尋ねると、嵐山を流れる川の治水に功績があった人だという。  お堂の中からも、嵐山の全景が一望できた。歩いてきて汗ばんだわたしの身体を、爽やかな風が吹き抜けた。 「気持ちが良いですね」 「そうでしょう。ここで禅を組めば、人間が変わりますよ」  お坊さんは、冗談めかしく言った。そして座禅の組み方を指導してくれた。お堂は、川に向かって窓が開いている。外を見ながら、禅を組む。ちょっと、普通ではできない体験だ。 「まず、この丸い座布団にあぐらをかき、右足を左の太ももの上に乗せてください」  いてて……。昔は柔らかかったけど、最近はどうも。辛うじて足を乗せた。 「本来なら、左足も乗せるんですが……。あ、無理しなくていいですよ」  お坊さんは言った。身体を少し揺すって、目を閉じきらず、腹の前で両手をこんな風に組んでと、丁寧に教えてくれる。 「ゆっくりと深呼吸をして、心の中で1から100まで、呼吸の数を数えてください。数以外のことは、考えないで。数以外のことが頭に浮かんだら、またやり直し」  簡単そうに聞こえるが、これが意外に難しい。なんだか、色々雑念が浮かんでくる。  会社のこと、上司のこと、部下のこと。でも、一番頭の中を支配する確率と面積が大きいのは、やっぱりオス化症候群のことだった。 (うーん、難しいなあ)  と思っていると、突然、  ドタドタ、ドタドタ  騒々しい足音とともに、誰か駆け込んできた。
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