二人で豆腐やへ

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二人で豆腐やへ

「このあと、どこへ?」 「え、特に」 「じゃあ、食事でも。おいしい豆腐料理の店を紹介しますよ」  同じ東京からの京都一人旅、ということで、わたしは星仏さんという人と、食事に行くことにした。  その店は、表通りから1つ奥に入った場所にあった。このあたりをよく知る人じゃないと、分らないと思う。  わたしたちは、「豆よし」と白地に大書された暖簾をくぐった。 「へ、へえ。落ち着いた店ねえ」  内心、ドキドキしていた。京都って、イチゲンさんお断りって言うじゃない。それに、すっごく高そうな、料亭チックな場所だ。 「ひょっとして、『高いんじゃないか』と思ってますか」  図星だった。っていうか京都の小洒落た店に来たら、ン万円の世界じゃないの? わたしの表情を読み取ってか、星仏が言った。 「大丈夫ですよ。ここはわたしの知り合いがやっている店です。お安くなってます」  知り合いが?この人って、そんな知り合いがいるような大物なの?  知人の特権なのか、VIPルーム的な部屋に通された。普通に入れば、1人5万円はくだらないだろう。  星仏が、コースを、と言うと、食前酒が運ばれてきた。2人で乾杯して飲みながら、 「ところで、真坂さんはなぜ、あの場所で禅を?」  唐突に聞いてきた。なぜって、何でだろう?幸せ探しの旅に出て、とでも言うのか。 「と、友達が、座禅ができる穴場のお寺だよーってお、教えてくれたんです。星仏さんこそ、生物学者なのに、なんで禅を?」 「ぼくは、禅と言う瞑想に近い行為が、身体や脳に与える研究をしているんです。といっても、専門は生物学であって、心理学とか脳神経学というわけではないので、あくまで趣味の範疇です。不思議じゃありませんか。ただ、座ってボーっとするだけ、これが何百年も続いてきて、いまでもやる人が少なくないっていうこの事実」  親切な人なんだろうけど、やっぱり理屈っぽい。 「そ、そうですか。学者さんって、なんでも興味を持つんですね」  適当に話を合わせてみた。星仏の眼鏡の奥の目が、細く光った。 「真坂さんは、ぼくの質問に答えてない。なぜ、食品会社の広報担当者が、あのような隠れ寺に、禅を組みに来たのか。ぼくは知りたい」  なんて物の聞き方なの……。学者先生とは付き合いもあるけど、この人みたいにストレートな聞き方、有り無しで言えば、無いわ。 「随分、はっきりおっしゃるんですね。一応、女なんですから。もう少し気を遣った聞き方したほうがいいんじゃないですか?」  星仏は、口を「はっ?」の字に開けた状態で、声は出さなかった。ただ、少し考えて、ああ、と小さく言った。 「これは失礼しました。つ、つい、学生に対する質問と同じようにやってしまって」  顔を真っ赤にして、うつむいた。なんだか凄い人なんだろうけど、子供っぽくて、素直なところが、少しかわいいと思った。わたしは、思わずクスクスと笑って、 「星仏さんって、子供みたいね。実は、私自身も分からないんです。何しに来たんでしょうね、自分でもよく分らないの」  それが今の、素直な気持ちだった。本来は、オス化症候群という原因不明の難病を治療するという「本当の幸せ」を見付けるのが目的なんだけど、さっきまでのお寺での楽しかった座禅体験と、目の前の星仏という一風変わった男の人の存在が、当初の目的を曖昧にしてしまっている。 「それより、星仏さんは、何の研究をしてるんですか?」 「ぼ、ぼくですか?ぼ くは、生物の究極の目的、というものについて研究しています。楽しいですよ、奥が深いし」 「生物の、究極の目的、って、なんですか?」 「それは、種の存続です。簡単に言えば、子孫繁栄ですね。これは、どんな生物植物にも当てはまる。唯一、絶対普遍の共通原理です」 「ぜったいふへんの、きょうつうげんり?」  やっぱり小難しい事を言う。 「例えば、星仏好成という人間個人は滅びても、種としての人間全体は滅びない。常に、構成メンバーを刷新しながら、人間という種は存続していく。これこそが、生物の目指す唯一の絶対普遍の目的なのです」
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