気まずい雰囲気の中

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気まずい雰囲気の中

 それから難しい話はやめて、他愛もない世間話を続けた。あの店がおいしいとか、出身はどこでとか。  ただ、生物学に対する熱い思いは、散々聞かされたけど。  一応、携帯の番号とSNSを交換して、その日は分かれた。  私は、市役所に近いホテルにひとり戻り、きょうの出来事を思い出してみた。 (座禅は、足が痛かったけど、いい経験だったわ。ただ、一番強烈だったのは、あの星仏さんよね)  彼は、生物オタクと言うにふさわしい人だった。  あらゆる生物は、生殖と繁殖のためにある、という強固な主張の持ち主だった。  つまり、人間はセ◎クスの為に生きているんだと。  でも、わたしは、人間の生きる意味とか、価値って、それだけじゃないって、思う。  次の日。わたしは1人で、定番の観光地をめぐった。三十三間堂に金閣寺。足早に回ったから、あんまりよく覚えていない。やっぱり、普通の観光って、なんだか味気ない。その次の日も、同じだった。そして、あっさりと2泊3日の、自分探しの旅が終った。  東京に帰って来た。あの非日常の空間は、もう遠い。吉祥寺のマンションで深夜、ひとり、京都で撮った写真を整理してみた。 「あ、これだわ」  私が見たのは、あの座禅を組んだ大龍禅寺で、最後にお坊さんと星仏と撮った写真だった。  ハイ、、って、寒いギャグだと思ったけど、その時のわたしの笑顔は、東京では決して出すことのない、心からの笑顔だった。  私は自分の笑顔を見て、なぜか涙が溢れてきた。 (自分で言うのもなんだけど、私ってこんな素敵な笑顔ができるんだ)  そう思うと、なぜか涙が出た。なぜだか分らないが、溢れて、溢れて、止まらなくなった。 (おかしいな、なんでこんなに涙が出るんだろう)  わたしは、泣いた。涙が、枯れるまで泣いた。
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