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本当の幸せ
電話口で、星仏がモジモジしているのが、手に取るようにわかった。
「あのう、そのう、いまから、会えませんか」
「ええっ? いまから? 何言ってんの? もう12時よ」
「す、すみません、本当にすみません。ただ、ぼくは、分かりました。人間にとって、本当に大切なものというのが」
本当に大切なもの……って、なんだろう。本当の幸せと、同じものなんだろうか。
その一言が、私の琴線に引っ掛かった。
ただ、私もまだ女である。
「え? 変なこと、しないでくださいよ」
「し、しません、もちろんです。ただただ、真坂さんに会いたいんです」
ただただ、私に会いたい……。
そう言われて、私は心臓の少し下辺りに硬球が直撃するほどの衝撃を感じた。
「でも、電車ないですよ」
「タクシーで行きます。じゃあ、今から出ますから!」
と言って、電話は切れた。あの人、横浜って言ってなかったっけ?タクシー代、いくら掛かるんだろう。
1時間ほどして。もう、夜中の1時を回っている。
ブルルルル ブルルルル
「もしもし。駅まで来ました」
「え、本当に来たの? ちょっと、そこで待ってて」
私は、慌てて着替えて、駅まで星仏に会いに行った。
星仏は、なぜかスーツ姿で着ていた。挨拶も早々に、話し始めた。
「ま、真坂さん。京都の豆腐屋で、ぼくは、子孫を残すことだけが唯一の普遍的な絶対目標だと言いましたね? あれ、少し訂正します」
「な、何を急に言い出すんですか」
「分かったんです、生物にとって、本当に大切なものが」
「な、なに、本当に大切なものって」
「それは、ですね」
星仏は、うつむき加減で目を閉じたままだった。
(まったく、夜中に呼び出して、なによ、これは)
「あの写真を見ていて、真坂さんの笑顔が、とても素敵だったんです。そして、一緒に写っていたぼくの顔も、今までにない笑顔をしていました」
(あ、わたしと同じこと考えてたんだ)
「こんな笑顔ができる生物は、人間以外にはないって事が、分かったんです」
「なに、そんなこと。当たり前じゃない。そんな事を言いに、こんな夜中に、わざわざ横浜から来たんですか?」
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