BBAからの攻撃と友達と

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BBAからの攻撃と友達と

 昼休みになった。  いつもは、お客さんや会社の人とランチに出かける。きょうは、大学時代の友人とアポがあった。 「ちょっと、ランチしてきます。どうも体調が悪いんで、ひょっとしたら直帰するかもしれません。山平くんに後のことは頼んでありますんで」  プロテインを飲んでいる森河村が「ん? ああ。連絡しろよ」と言って来た。そして、出ようとしたところ「ちょっと」と誰かが呼び止めた。  もう一人いた。広報室のお局さま、日鳥美代(ひとり・みよ)だ。 「あなた、なんかきょう、ちょっと変よ?」  ジロジロとわたしを舐め回すように見てくる。 (嫌な感じだわ……)  この人は、50歳近いオバサン上司。  昔、男に酷い目にあったらしく、いまだ名誉の独身を貫いている。で、そのためか男を目の敵にしているところがある。  そのオバサンが、耳元で囁いた。 (あなた、ランチとか言って、男と会うんでしょ……?)  全身に、なにか不気味な震えが走った。 (うげ……キモ) 「い、いえ。普通に友達とランチして、それから新日本新聞の葉梨さんの取材を受ける予定があるんです。ひょっとしたら、広告会社と打ち合わせするかもしれません」  本当だった。ウソなど付いても仕方がない。  日鳥は、白板の予定表を見た。  疑っているが、予め予定している。 「……そう。じゃ、直帰するのは構わないけど、ちゃんと連絡入れてよね」 (さっき室長も言ってたじゃん。何回言うのよ、イチイチうるさいっつーの)  わたしは、そう思いながらも、このオバサンが、そう遠くない自分の姿に重なって見えた。  そう思うと、ぞっとする。 (ていうか、早くトイレに……)  いったん、会社のあるビルから出て、近くの雑居ビルに駆け込んだ。地下に食堂街があるから、OLやサラリーマンがこぞって押し寄せている。  わたしはトイレを見付け、そそくさと個室に閉じこもった。バッグから手鏡を取り出して、マスクを取ってみた。 (うぎゃーーーーっ)  思わず自分の手で口を塞いだ。声を出してはならない、と言う強迫観念が、辛うじて叫び声を出させなかった。けれど、逃れ得ない現実が、そこにあった。 (朝より、確実に伸びてきてる・・・)  まるで、思春期を迎えた中学2年生男子みたいだった。いや、あれよりは太くて濃い口ヒゲのような気がする。 (ちょちょちょっと、これ、本当に異常だわ)  耐え難い現実を突きつけられて、おなかが痛くなってきた。 (うい、あー、なんかちょっと生理不順? それでホルモンバランスの崩れっていうやつ?)  原因は、全く分からなかった。分かるはずもなかったし、どうしようもなかった。 (とにかく、行かなきゃ。希ちゃんが待ってるわ)  わたしは、大学時代の友人と食事をする予定があった。  彼女は、大学出てからすぐ結婚したから、小学生の子供が2人いる。確か、8歳と6歳。  急いで、待ち合わせのイタリアンレストランに行った。  大学時代の親友、斎名希(さいな・まれ)は、もう来ていた。なにか、本を読んでいる。 (あれ?あの子、本なんか読む子だったっけ?)  目鼻立ちがくっきりしていてスタイル抜群で、男子からいつもデートに誘われてた。ブランド物買わせたり、学生のクセに海外旅行に2人で行ったりしてた。 (最近疎遠になってたけど、なんで急にわたしを呼び出したりしたのかしら?)  わたしは、多少戸惑っていた。 「ごめーん、遅れた。待った?」  希は、本をサッとしまって、手を振った。 「あ、真琴ちゃん、いま来たところよ。それより、突然呼び出しちゃって、ごめんね。仕事、大丈夫?」  久しぶりに会った希は、なぜか以前より愛想が良くて、わたしに気遣いを見せた。 (な、どうしたの、この子は。こんな子じゃなかったわよね)  わたしの方が、戸惑った。 「わたしは大丈夫。それより子供たちは良いの?」。 「いまは学校よ。それより、久しぶりね。なに頼む?」  ランチタイムは、選択肢が少ない。 「じゃあ、ランチ」  店員が、さっさと注文を取って去って行った。  希はわたしを見て、案の定、 「どうしたの? 風邪でも引いたの?」  と聞いてきた。またか、と思いながらも、 「ううん。花粉症よ。最近ほら、突然なる人って増えてるじゃない。それより、どうしたの?本なんか読んじゃって。希ちゃんらしくないじゃない」  希は、絵に書いたような作り笑いを浮かべて、 「この歳じゃない。読書ぐらいしなきゃなーって」 「へぇ。あのころのあなたからは、想像も付かないわ」  わたしたちは、学生時代の思い出に、一花咲かせた。  そのうち、店員がランチを運んできた。 「ここのランチ、おいしいでしょ?あたし、結構気に入ってるんだ」  希は、常連らしい。 「よく来るんだ。旦那さんとか、何も言わないの?」  悪気もなく、何気なく言ったつもりだった。  だが、希のアイラインとつけまつ毛がバッチリの目が、物憂げに細まった。 「……いいのよ、あんなやつのことは」  まずいこと聞いたかな、と思った。でも、独身のわたしには、結婚している相手の生活は、気になるし、普通の会話で聞いてもいい範囲だと思う。  会話が途切れた。 (えーっと、何か話題、話題)  すると突然、希が口を開いた。 「誰でも、悩み事の一つや二つ、あるのよ。それより、あなたは悩みとかないの?」  目下の悩みは、突然生えてきたチョビヒゲのような、おじさんのような、濃いヒゲだ。でも、そんなことを言えるはずがない。 「うーん、特にないけど」  実際、悩みのない人間なんて、いないと思うけど。目の前の、彼女に打ち明けたいとは思わない。ところが。 「悩みがない? そんなはずないわ。悩みがないなんて、おかしいわ。会社のこととか、彼氏のこととか、何かあるはずよ」  なぜか、怒り交じりに言ってきた。 (なにカリカリしてんのよ? 怒るとこじゃないでしょ)
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