葉梨喜久雄

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葉梨喜久雄

 午後は、新日本新聞の経済部の葉梨喜久雄(はなし・きくお)葉記者から取材を受ける予定が入っていた。  彼とは、もう長い付き合いだ。食品業界に精通しているから、話も合う。しかし、メタボでいつも威張り気味なので、恋愛対象としては全く見ていない。  いつも、日比谷のサザンクロスホテルのティールームで会うことにしている。 (まずい、もう2時だわ)  葉梨は来ていた。相変わらず、パソコンとにらめっこしている。ひと時も、パソコンを離そうとしない。どういう人種なんだろ? 「ごめんなさーい。ちょっと前の用事が長引いちゃって」 「あ、ああ。ちょうど夕刊のチェックが終ったところです。最近、あんまりいいネタがなくて。真坂さん、新商品期待してますよ」  生真面目というか、几帳面と言うか。経済部の記者さんって、いつもなんか落ち着かない感じがするわ。 「あれ? どうしたんですか、風邪ですか? それとも流行り病?」  案の定、言われた。毎度毎度、あくまで予防です、という言い訳をしておいた。早速、本題に入った。 「これがね、新しい機能性飲料。蓮根と牛蒡、高麗人参が入った新しい野菜ジュースね。デトックス効果抜群なの」  わたしは、試供品を取り出し、メタボ気味の葉梨の前に、5本ほど並べてみた。 「蓮根と牛蒡、高麗人参……?」  飲んでもいないのに、いかにも、まずそうな顔をした。  私は、すかさずフォローした。 「ニオイ気にしますよね、大丈夫です。くさ味もないし、味だってコーラの味がするのよ。お通じが、本当に凄いの!」  熱を入れて、説明した。  広報の仕事は、広告やお客様からの問い合わせのほか、こうした記者対応もする。記者に記事を書いてもらえば、広告費が掛からないし、客観性が出るから、会社としても重視している。  葉梨は、半信半疑ながらも、私が差し出した試供品に口を付けた。 「ふーん。どんな味かと思ったら、意外に飲めるね」 (意外とか、飲めるね、ってひどいんですけど) 「これ、月の売り上げ、どの程度見込んでるんですか?」  葉梨とは、一通り新商品の説明と、質疑応答をした。  なんとか、うまく応対できた。付き合いが長いとは言えあくまで仕事だから、緊張はする。    と、そこへ。  プルルルル、プルルルル  葉梨の携帯が鳴った。 「あ、はい。もしもし。あ、はい、そうですか。分かりました」  私の話も半分に、また、どこかへ行くらしい。 「申し訳ないっす。急に別件入っちゃって。近いうち、朝刊で紹介しますよ」  私は内心、ガッツポーズを取った。 「本当ですか? ありがとうございます。いつもすみません」 「いや、仕事なんで。そうそう、風邪とか、大丈夫ですか? 体質の他に、精神的なものも影響するみたいですよ。ここの医者、行ってみたらどうですか?」  葉梨は、名刺を差し出した。 「エデン・クリニック……ですか?」  変な名前。モロ怪しいじゃん。  私の表情を察したのか、葉梨は苦笑いをした。 「やっぱり、怪しいっすよね。あはは。でも、腕は確かなんですよ。そこの先生。アメリカの医科大学出てるとかで。もちろん、日本の医師免許も持ってます」 「そ、そうですか。ありがとうございます、暇があったら行ってみます」  それじゃあ、と言い残して、葉梨は去っていった。 (朝刊で扱ってくれるのは、嬉しいわ)  まずまずの成果だ。そしてわたしは、渡された名刺を見た。 (恵田有世? えでん・ありよ? エデンって、この人の名前なの? 女性ってこと?)  多少、興味を覚えた。
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