濃くなるヒゲ

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濃くなるヒゲ

 夜、10時過ぎ。予想外の残業をこなし、午後9時を超えて仕事から解放された。そして、ようやく自宅付近までたどり着いた。 「ハァー、疲れた」  わたしは、着替えも早々にして、風呂場に行った。マスクを取って、思わず、 「う、うぎゃ、ぎゃあああーーっ」  深夜にも関わらず、つい大声で叫んでしまった。鏡に映った自分の姿に驚いたのだ。 「なによ、これっ」  上唇には、チャップリンどころか、夏目漱石バリのヒゲが生えてきていた。  わたしは、驚きと絶望と、そして言いようのない不安に襲われた。 (これ、なんなの? っていうか、どうしたらいいの?)  全く分からなかった。朝剃ってから、半日以上経過してるけど、今までこんなことはなかった。 (マジで、どうしよ、どうしよ?)  うろたえてみた。  動揺してみた。  ヒゲも触ってみた。お父さんの無精ひげより、立派だと思った。 「やっぱり、もう一回剃るしかない!」  念のため、帰り際に買ってきた安全カミソリが役に立つ時がきた。  洗顔フォームを泡立てた。生まれて初めて、男性用のヒゲソリで、口ヒゲを剃ってみた。 (男の人って、毎日こんな面倒なことしてるの?)  最近のヒゲソリは、下手でもよく剃れるし、変なところを切ったりしない。多少、青くはなっているが一応、すっきりとはした。朝とは違い、割とうまく剃れた。だがしょせん、気休めだった。  わたしは、胃が痛くなるような不安を覚えながら、いつものように目覚ましをセットして、ベッドに入った。
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