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エステで脱毛すればOK!
次の日は、当たり前の如くやってきた。起き抜けに、寝ぼけまなこで鏡を見てみた。
「……マジか。やっぱり」
昨日と同じどころか、アゴに産毛まで生えてきている。
はぁ、と大きなため息をついた。
このまま、だんだんオジサンみたいになってしまうのだろうか。
「マジで、これってどうすればいいの? エステにでも行けばいいの?ていうか、なに、病気なの、わたしって?」
自問自答してみても、答えなど出てくるはずがない。友達に相談しようにも、こんな恥ずかしい状態、言えるはずがない。
「マジで、超超超、凹むわ……」
昨日と同じように、マスクをして、電車に乗り込んだ。
電車に揺られ、いつもと同じように、オフィスに滑り込んだ。
「まだ予防してるのか?」
ウザオヤジ森河村だ。そんなに簡単に予防が終わるわけないでしょうが……と思った。
「予防って継続が大事なんです」
「そうか、そりゃ大変だ。そんなことより、きょうは大事なプレゼンの日だから、頼むよ」
ゲッ、そうだった。すっかり忘れてた。
「そ、そうですよね。えーっと、午後2時からですよね。ちょっと準備してきます。山平くん、ちょっとよろしく」
わたしは、慌てた。こんなに慌てたことは、大学入試で受験票忘れて以来だ。
「お、おい、真坂くん」
山下が呼び止めたけど、無視してオフィスから出た。口うるさいお局の日鳥がいないのが、せめてもの救いだった。
(や、やばいわ。プレゼンにマスクなんかして出らんないじゃん!)
この忌々しい口の周りのヒゲをなんとかしなければならない。プレゼンの準備はしてある、というかいつでも出来る自信はあった。昨日、葉梨にしたのと同じ要領で大丈夫だと思う。
わたしの頭には、とっさにエステの脱毛コースが浮かんだ。
(エステ、エステ)
スマホで、一番近いエステを検索した。
(あったわ、歩いて5分)
猛ダッシュで、そのエステに向かった。急いでビルを見つけ、エレベータで5階の「クレオパトラ・ビューティークリニック」の扉を勢いよく開いた。
アポなしだから、驚いたかもしれない。しかし、こっちも切羽詰ってる。
「お、お客様?どうかなさいましたか」
中から、品の良さそうな白衣の女性が現れた。わたしは、息が切れている。
「す、すみません。予約とかないんですけど、脱毛ってできます?急いでるんです」
「だ、脱毛ですか?少々お待ちください」
店の人は、奥へと消えていった。こういう場所は、普通は予約しないと無理だ。だけど、ダメ元で、無理を言ってでも、やってもらいたい-。
しばらくして、中から薄いピンクのエステティシャンのような女性が出てきた。
「当店は、完全予約制ですが……」
「分かってます、分かってますけど、ちょっとどうしても、お願いしたいんです」
わたしの気迫が伝わったのか、ピンクの女性は、
「分かりました。ご紹介とご予約がないと、追加料金をいただきますが。よろしいですか?」
「いいい、いいです。それで、いいです」
ピンクの女性に連れられ、個室へと案内された。ここなら、2人しかいないし、プライバシーも守られる、と思う。
「お客様、きょうは腕ですか脇ですか、それとも足ですか?」
ついに来た。ここは、恥ずかしがってる場合じゃない。
「く、口です。口のヒゲです」
どれだけ驚かれるだろう、と思ったが、意外にも「口ですね」と、あっさりした対応だった。産毛に悩まされる女性も多いのだろう。
わたしは、少し固めの動くベッドに寝かされた。
マスクをはずしてと言われ、恐る恐る、マスクをはずしてみた。鏡を見たら、やっぱり朝より伸びてきている。
「あはは。ちょっと濃いでしょ」
テレ隠しに言ってみた。しかし、反応はあっさりしていて、拍子抜けした。
「そうですね。でも、たまにいらっしゃいますよ」
淡々と、何か機械の準備をしている。色んな客がいるのだろう。中には、剛毛の女性もいるのかもしれない。
「最新式の光脱毛器です。痛くないですし、すぐ終りますよ」
なにやら、大げさな機械が出てきた。わたしの顔に、青白い光が当てられ、口のあたりを照らし出した。懐中電灯みたいな脱毛器が、さーっと口の周りを一周、二周して、ささっと拭き取った。
(全然痛くないわ)
あっという間だった。顔に、アフターケア用のローションを塗って、終わり。こんな簡単だったら、もっと早く来ればよかった。
「はい、お疲れさまでした。どうぞ、鏡を見られてください」
(すごい……! すっかり綺麗になってるぅ!)
私は、改めて現代科学って、素敵ね、と思った。これなら、マスク無しでプレゼンができる。
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