2人が本棚に入れています
本棚に追加
「お館様ー! お館様、リュナンでございます! ああ、ここでお会い出来るとは……」
前方の慌ただしい気配は、一族の急使を担ったサラの側近リュナンのものだった。
「何事だ?!」
パウロは嫌な予感を胸に秘め、問いただす。
「奥方様が…………サラ様が」
報告を聞いたパウロは直ちに動き出す。
心は千千に乱れど、ここが正念場と無理矢理心を抑えつける。
「療者イシュ=レトカをここへ」
「こちらにおります」
娘のために、と隣国より連れ帰った療者は既に支度を終え、パウロの側に控えていた。
「詳細は聞いておったか」
「はい。私は直ぐにでも出発できます」
パウロは浅く頷き、この騒ぎで起きてしまった愛娘ルナの瞳をのぞき込む。
「ルナ、父様は少し先に行くよ。良い子で、……皆と一緒に後からおいで」
周囲のただならぬ様子を感じ取ったのか、幼子は幻獣の子を抱きしめたまま、コックリと頷いた。
そして、そのまま大人しく乳母へと手渡される。
「とーしゃま、きをちゅけて」
心細さに震える声で父を案ずる娘に、パウロの心は奮い立つ。
まだ幼いこの娘の、母をなくす事態になど、愛する妻を失う事態など、決してさせない!
心新たに出立しようとした時、療者イシュが怖ず怖ずと申し出る。
「パウロ様、その幻獣の子は同行させるべきかと……」
パウロも一瞬その考えが頭をよぎったことは、認める。しかし、――――
「ならぬ。かの方は、ルナと共に」
先日起こったルナの発作から、ルナの生命を救ったのは、あの小さな幻獣の子。
けれども、そもそも幻獣は、人に使役されたりはしない。
あり得ぬほどの僥倖に恵まれ、ルナはあの小さな幻獣の子と絆を結ぶことが出来ただけだ。
決して人がそれ以上を望み、強要してはならない。
強い意志のこもったパウロの瞳を見て、イシュは頷き、心を切り替えた。
幻獣の恩恵はない。
自らの知識と術をもって、何としても奥方様を救わねば――!
そうして、馬術の優れた少数精鋭部隊が結成され、パウロ達一行は矢のように駆けていく。
西へ、西へ――一族の館のある、サラのところへ。
最初のコメントを投稿しよう!