帰心矢の如し

2/4
前へ
/4ページ
次へ
「お館様ー! お館様、リュナンでございます! ああ、ここでお会い出来るとは……」  前方の慌ただしい気配は、一族の急使を担ったサラの側近リュナンのものだった。 「何事だ?!」  パウロは嫌な予感を胸に秘め、問いただす。 「奥方様が…………サラ様が」  報告を聞いたパウロは直ちに動き出す。  心は千千に乱れど、ここが正念場と無理矢理心を抑えつける。   「療者イシュ=レトカをここへ」 「こちらにおります」  娘のために、と隣国より連れ帰った療者は既に支度を終え、パウロの側に控えていた。 「詳細は聞いておったか」 「はい。私は直ぐにでも出発できます」  パウロは浅く頷き、この騒ぎで起きてしまった愛娘ルナの瞳をのぞき込む。 「ルナ、父様は少し先に行くよ。良い子で、……皆と一緒に後からおいで」  周囲のただならぬ様子を感じ取ったのか、幼子は幻獣の子を抱きしめたまま、コックリと頷いた。  そして、そのまま大人しく乳母へと手渡される。 「とーしゃま、きをちゅけて」  心細さに震える声で父を案ずる娘に、パウロの心は奮い立つ。  まだ幼いこの娘の、母をなくす事態になど、愛する妻を失う事態など、決してさせない!  心新たに出立しようとした時、療者イシュが怖ず怖ずと申し出る。 「パウロ様、その幻獣の子は同行させるべきかと……」  パウロも一瞬その考えが頭をよぎったことは、認める。しかし、―――― 「ならぬ。かの方は、ルナと共に」  先日起こったルナの発作から、ルナの生命を救ったのは、あの小さな幻獣の子。  けれども、そもそも幻獣は、人に使役されたりはしない。  あり得ぬほどの僥倖に恵まれ、ルナはあの小さな幻獣の子と絆を結ぶことが出来ただけだ。  決して人がそれ以上を望み、強要してはならない。  強い意志のこもったパウロの瞳を見て、イシュは頷き、心を切り替えた。  幻獣の恩恵はない。  自らの知識と術をもって、何としても奥方様を救わねば――!  そうして、馬術の優れた少数精鋭部隊が結成され、パウロ達一行は矢のように駆けていく。  西へ、西へ――一族の館のある、サラのところへ。      
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加