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「戻らねば、どうなる」
「このままでは、母子共に息絶えましょう」
考えたくなかったその言葉に、パウロは息を呑む。
「サラ、サラの生命は――?!」
「母体を優先させた場合でも、今のサラ様が胎児の摘出に耐えうるかどうか……そして、サラ様の意思に反されます」
絶望的な言葉が発せられ、パウロの目から涙が流れ落ちたその時――――
「とーしゃまー!!」
まだ館へ到着するはずもない、ルナの声がした。
そして、矢のようにパウロの方へと駆けてくる。
「とーしゃま、ただいま!」
明るく挨拶をしたルナは、幻獣の子を抱いたまま、サラの部屋へと向かう。
呆然とパウロがルナを見つめるうちに、何かを感じ取ったのか、サラの側近であるリュナンが部屋の扉を開ける。
そこへまた駆け込んでいく、ルナ。
「かーしゃま、りゅなです。ただいまもどりまちた!」
明るくサラに告げている舌っ足らずなルナの声に、ハッと我に返ったパウロは同じ様に部屋へと向かう。
そこで見た光景をパウロは一生忘れないだろう。
ルナの腕からポーン、と幻獣の子が飛び出し、サラの上へと着地するやいなや美しく白く光る。
幻獣種ガーヤの持つ力、調整と循環の光――それを見た途端、イシュは跳ねる様にサラへ近づき、矢継ぎ早に指示を飛ばし始める。
「おお、神よ。これが幻獣の力なのか? 双子の位置が戻っている!! サラ様の意識も戻った?! そ、そんなことが――どうかお気をしっかり!! これが最後のチャンスです!!」
瞬く間に事態が好転していく。
やがて聞こえる、二つの大きな声。
「男の子だ!」
「奥方様も無事だぞ!」
「ルナ様、弟君達ですよー!」
パウロはその声に引き寄せられるように、サラとルナの方へ近づく。
それに気づいたサラがパウロに微笑みかける。
「あなた、お帰りなさい」
待ち焦がれた、妻の声とその言葉。
パウロは、美しく微笑むサラを隣にいたルナごと抱きしめる。
「ただいま」
涙声で一言述べた後号泣し、妻子を離そうとしないパウロであった。
その後、事態が少し落ち着いた時、何故ルナがあんなにも早く帰宅できたかを問われた家臣は、口を揃えて言う。
ルナ様は決して一行が停まることを許さず、何度も何度も先を急がせた。
それはまさに帰心矢の如しであった、と。
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