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……奇跡が起きた!
とんでもないことに、俺は奇跡を起こしてしまった。というのも、山勘が全て的中したのだ。それどころか、山勘以外の問題がまるで出ていない!
解ける……解けるぞ!
俺の鉛筆はすらすらと回答用紙の上を滑っていく。面白いように回答が埋まっていく!
これなら、行けるかもしれない!
人生で初めて、問題を全て解き終えた。今まで、俺はテストの半分ほどでテスト時間の終了を迎えていた。それが嘘のように、三十分も前に、全てを解き終えた!
テスト時間はまだ半分もある!
俺は人生で初めて、回答の見直しというものを始める。これが功を奏した!
わかっていたのに、回答欄を間違えるという失態を犯していた。だが、見直しをしたおかげで、完璧な回答となった!
行ける……行けるぞ!
時計を見ると、あと五分だった。全ての問題を解き終え、回答も見直した。名前も、よし、きちんと書いてある!
完璧な回答用紙が出来上がった。絶対に満点が取れる!
やがて、チャイムが鳴り、回答用紙は全て回収された。
そして、翌日。テスト結果が出た。
返ってきた点数を見て、俺は雄たけびを上げた。
やっぱり、百点だった。満点を取った!
人生で初めての出来事だった!
これで、美香と付き合えるッ!
俺は点数を取れたことや美香と付き合えることなど、様々な喜びで全身がかつてない程上気していた。体が自然と飛んで跳ねる!
「喜びすぎじゃない? そんなに点数良かったの?」
隣の席に座る美香が、煽るように俺に聞く。だから、俺はテストを目の前に突き出して見せた。
「まあ、満点は無理……」
美香の言葉はプツリと途切れた。
「満点だよ! 百点を取ったんだ! すごいだろ! 人生で初めてだ!」
俺は気が付いていなかった。自分の興奮のせいで、何も見えなくなっていた。
「……嘘でしょ? 本当に百点?」
美香が俺のテストをまじまじと見る。間違いなくテストは満点だ!
「よく見てみろよ! 満点だろ!」
意気揚々とテストを見せる俺。それをじっくりと見る美香。
そして、衝撃的な一言を言い放った。
「……最低」
吐き捨てるような、軽蔑にまみれた言葉と声色だった。
俺の思考は停止した。何を言われたのかわからなかった。今までの興奮が一気に消え失せた。
だから、見えた。
美香の表情が。
悲しみと怒り。相反する感情が入り混じった表情だった。
「……わたしはさ、このテストが何点であっても、良かったんだ。何かと理由を付けて、付き合うつもりだった」
「だって、山寺のこと、好きだったから!」
美香の瞳から涙があふれだした。そして、憤怒の感情もまた、暴発した。
「でも、百点なら訳が違う。山寺、一体何をしたの? 山寺が百点を取れるはずがない。ううん、もっとちゃんと言うべきだよね」
美香の目が見開かれた。
「カンニング、したでしょ?」
「カン、ニング……?」
その言葉を聞いた瞬間、その言葉の意味を理解できなかった。
俺はカンニングなどしていない。
だが、美香は俺がカンニングをしたと思っている。それも疑いではない。確定した事実として認識している。
「このテストは難しかった。多分、山寺は聞いてなかっただろうけど、満点を取れたのはこのクラスで一人だった。それが、山寺? 普通に考えて、毎回赤点を取っている山寺が、満点を取れるはずがない!」
「いや、俺はそんなことしてない!」
「じゃあ、カンニング以外の何をしたら満点を取れるのッ!」
美香の双眸が鋭く俺を射抜いてくる。野球をやっていた頃の真剣勝負の場ですら、見たことのない眼だった。
「や、山勘が当たったんだ! 今までの俺じゃ、美香の言う通り、絶対に満点なんて無理だ! それは自分がよくわかってる。だから山勘に頼った。そうしたら、驚くべきことに、そこだけが全問出たんだよ!」
「そんなことあるわけないッ!」
美香の完全否定の言葉が教室に響き渡った。
「そんなことあるわけないでしょッ! 山勘が全部当たった? そんな奇跡が起こるはずないでしょッ! 嘘を吐くにしても、もっとましな嘘にしてよッ!」
「嘘じゃない! そんな奇跡みたいなことが起こったんだよ! だから、俺は、これは俺と美香を繋ぐための奇跡だと思った!」
美香はすっと立ち上がった。
「……もういいよ。これ以上の醜態は見たくない。この教室にいる全員が、わたしを含めた全員が、山寺の言葉を信じられない。信じたくても、信じられないんだよ。今での山寺じゃ、絶対に無理なんだから」
美香は教室を飛び出して行った。
俺は唖然とした。
こんな結末になるなんて、まるで予想していなかった。
そして、愕然とした。
先ほどまで体の中にあったはずの歓喜は消え失せていた。代わりにあるのは悲しみを通り越した虚無感だけだった。
俺は痛感していた。
今は過去の積み重ねなのだと。
過去に勉強をしてこなかったという事実が、現状を引き起こしてしまった。
俺が赤点を取る人間じゃなかったら。
俺が毎回八十点を取るような人間だったら。
そうしたら、きっと、この百点は紛れもない本物だったはずだ。誰も何も疑わない、正真正銘の百点だったはずだ。
むしろ、よく頑張ったと褒められていたことだろう。
俺はがっくりと肩を落とした。
また、世界が真っ暗になる感覚に襲われる。未来がシャットダウンされるような感覚に。
過去はもう変えることはできない。どう足掻いたところ、変えることはできない。
でも……。
俺は机の中から教科書を取り出した。
過去の行動で、俺はこの百点が本物だってことを証明できなかった。
だったら、未来を変えてやればいい。
「……未来を、変えてやる」
ここで歩みを止めてしまえば、この百点はずっと偽物のままだ。次のテストで赤点を取れば、ほら、やっぱりカンニングをしたに違いない、と断定されてしまう。
でも、もしもこの先、ずっと百点を取り続けたら、どうだろうか。
この百点は、俺が変わり始めたきっかけの百点になる。
始まりの百点となる。
今は未来で証明できる。たとえ今、嘘だと思われていたとしても。
「進め」
俺は自分に言い聞かせる。
「進め」
そうすることでしか、現状を覆すことはできない。
その気持ちを教えてくれたのは美香だ。絶望の中、未来があることを教えてくれたのは美香だ。
この百点を偽物のままで終わらせてはいけない。そうしたら、俺の想いまでもが、偽りになってしまいそうだから。
俺はペンを取る。教科書を開く。文字を睨みつける。
「絶対に証明してみせる。これが始まりの百点なんだって」
新たな戦いが、幕を開けた。
~FIN~
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