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「なあ、俺が次のテストで満点を取ったら、付き合ってくれないか」
放課後。俺は部活に行く前の美香を捕まえ、人気のないところでそう切り出した。
「冗談やめてよ。山寺が満点? 毎回、赤点しかとらない山寺がそんなことできるはずないじゃん!」
「だからこそ、満点を取ったら、付き合って欲しい。無理を可能にする。それが俺だ」
「……まあ、いいか。絶対無理だし」
美香がくすくすと笑った。本気で無理だと思っているのだろう。
絶対に満点を取って見せる!
男気というものを見せつけてやるんだ!
……と意気込んだものの、テストの前日に俺は頭を抱えていた。
こ、これは無理だ!
俺は1カ月間、全力で勉強に取り組んだ。嘘ではない。寝る間も惜しんで、とにかく勉強に励んだ。
だが、勉強は付け焼刃でどうにかなるものではないことを知った。
よく一夜漬けでどうにかする、ということを聞くことがあるが、あれは基礎学力があって初めて成立する代物なのだと、痛感した。
俺はずっと野球に明け暮れていた。一方で、勉強をおろそかにしてきた。教科書を最後に開いたのはおそらく、小学四年生ぐらいだったはずだ。
俺は野球で結果を出せばそれでいいと考えていた。だから勉強なんていらない。俺には必要のないものだ、と無視を決め込んでいた。
授業は全部睡眠学習だ。
それでも俺は許されていた。それだけの実力があったからだ。小さい頃から、自分で言うのも才能があった。ほどほどの練習でも、バットを振ればホームラン。守備もエラーはしないし、走塁だって盗塁でアウトになった数を数える方が早いほどだ。
小さい頃からスカウトと呼ばれる人間が、常に近くにいた。だから、俺の将来はもはや決まったも同然だった。
誰もが、俺が将来プロになると信じて疑わなかった。
そして、俺も将来プロになると信じて疑わなかった。
だが、ケガをした。選手としては致命的なケガだった。
その原因は自分だった。俺は本気で野球をやらなくても、結果があっさりついてきた。
早い話が、野球を舐めていた。
だから、野球の練習中に気を抜くことがよくあった。それが致命的なことになるなんて考えもしなかった。
俺は試合で守備についているのに、雲を眺めていた。その雲が寿司の形をしていて、寿司を食べたいな、なんてくだらないことを考えていた。
そこに芯を完璧で捉えたボールが飛んできた。強打者として知られる選手の一打だった。意識がお花畑だった俺の膝に、そのボールが直撃した。
俺の膝はそれで壊れてしまった。負荷のかかる運動は全て禁止。次に膝が壊れたら最後、歩けなくなると医師から宣告された。
俺の人生プランは一気に崩壊した。
絶望する俺。俺は野球しかしてこなかった。野球以外のことは何も知らなかったし、知ろうともしなかった。だから、俺は野球そのものだった。それにも関わらず、野球を軽く見ていた。それが許されなかったのだと思う。
その事実に気が付いた時、俺の世界は真っ暗になった。何の武器もなくなった俺は、もはや価値のない存在だった。
死にたい。
そう思うことが日に日に増えていった。
しかし、それを救ってくれたのが美香だった。美香は野球部のマネージャーだった。落ち込む俺に、盛んに声をかけてくれた。もう野球ができない俺のことを慰めてくれた。
好きになることは自然の流れだと言えた。
俺は野球がなくても生きていけることを美香に見せたかった。そして、それが本気であることの証明として、自分の気持ちを伝えた。
だが……これは終わった。テストの点数は取れて、せいぜい、五十点ぐらいだろう。
今まで、一桁点数も当たり前にあった俺からすれば、五十点も取れれば、上出来といえる。
でも、満点でなければ意味がない。満点でなければ、美香に想いは伝わらない。
俺は鉛筆をへし折った。
もう全てを勉強している時間はない。
やるしかない……。
範囲を徹底的に絞った勉強を。
テストで出るところを予想することを。
つまり、山勘だ!
そこを重点、いや、そこだけに全てを注力する。
そうすることで、奇跡を起こす!
俺は新しい鉛筆を手に、山勘を始めた。
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