瞳に咲く花

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 店の火薬を持ち出すは、大切な源右衛門の怪我の原因をつくるは、手に余っている小僧だ。 「確かに清七ならうちの子供だ」  弥兵衛は表情を変えずに応える。  また、清七が何かをしでかしたのか、という思いが走る。 「前置きなしで言うが…」 と言った瞬間、十兵衛の瞳が光を放った。 「そいつを貰いてえんだ」  聞いた弥兵衛は言葉を詰まらせた。  このやくざ者、清七を貰いてえってと言ったな、と反芻する。 弥兵衛が唾を飲み込んでいる間に、十兵衛が懐に手を入れて話し始めた。 「まあ、聞いてくれ。俺には子どもがいねえ。こんな組でも牛込小日向で十五町分のシマを預かっている。自慢にならねえが、今では若けえのを十人抱えるようになった。清七ってのはこの稼業に入れば見込みがある。ここは清七のためにも俺の話を聞いてみねえか。そうすれば千両はすぐにでも耳をそろえる」  言い終わると、十兵衛は懐から手を出して両手をついた。  弥兵衛は戸惑った。 「すぐには返事はできねえ。出直してもらおうか」  弥兵衛の言葉に、十兵衛は満足そうに頷いた。  それからまもなくして、源右衛門は床から上がった。 待ち受けていた現実は残酷極まりないものであった。 花火師から腕を奪ったら何も残らねえ… 源右衛門は日に日にそれを感じ入っていた。片手では竹も裂けなければ、薬研も引けねえ。線香花火だって縒れねえ… いっそのこと死んじまったほうがよかったのかもしれねえ… そんな源右衛門の気もちが伝わり、店中の空気が余計に湿っぽくなった。 湿っぽくなったのは店だけではなかった。江戸の人々は、まだ夏が終わったばかりだと言うのに来年の花火の噂を始めた。 鍵屋の売れっ子花技師の源右衛門が引退した。 鍵屋はもうおしまいだ。 もう花火は期待できない。
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