瞳に咲く花

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「だめだめ、そ、そんなんじゃ。線香花火とは言えないぞ。試しに火を入れてやるから見てろ」 佐太郎が清七の線香花火に火を入れた。  清七が唾を飲み込み、食い入る。  線香花火の先端に赤い玉が生まれた。だんだんと膨らみ始める。が、みるみる膨らむと松葉は開かずにポトリと落ちた。 「あ…」 「いいか、火薬の入れる量と、わ、和紙の縒り方の微妙な加減をよく覚えるんだ」  清七は弥兵衛父さんが先輩の手代たちに向かって口癖のように言っているのを思い出した。 ―花火作りの中で線香花火が一番難しいんだ。線香花火がきっちりできるようになるまでは、手持ち花火も打ち上げ花火もやらせられねえ。  作業場では兄貴達が何年もかけて線香花火だけをやっている。 「火薬が多すぎて、は、花火が太っていると、赤い玉がすぐに落ちてしまうだろう。だからといって火薬が少なすぎると、ま、松葉がはじけずに面白くないんだ」  清七はもう一回やらせてもらいたいとせがんだ。 「だ、だめだ。か、火薬がもったいない」  佐太郎が残りの火薬で線香花火を縒った。  手のひら全体を使って火薬を包み込むようにして和紙を縒る。まるで細長い和紙が意思を持っているかのようにくるくると捩れ、黒い火薬がその中に気もち良さそうに包まれていく。 「すごいなあ。佐太郎兄さん」 「で、でもな。俺でも源右衛門兄さんには全然、か、敵わないんだぞ」  源右衛門兄は清七の五つ年上で、清七と同じ貰い子だ。  が、清七にとっては大人の職人と同じような遠い存在だった。源右衛門は弥兵衛からいち早く素質を見込まれ、もう大人と一緒に打ち上げ花火を作っているのだ。源右衛門よりも年嵩の兄貴でも、まだ線香花火しかやらせてもらえない兄貴もいるのにだ。
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