瞳に咲く花

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 正場には五つの作業台が備え付けられており、弥兵衛以下の熟練した大人の職人達が、仕掛け花火や打ち上げ花火を拵えている。その正場の末席には大人に混じって子どもではただ一人、源右衛門の席がある。  雑場は十代の若い手代や小僧たちの席だ。線香花火や手持ち花火をつくったり、打ち上げ花火の下準備のための材料を切ったりしている。清七は見習いとして雑場の末席に座ることを許されたのだ。  これまでは掃除の時にも入り口までしか入ることが許されなかった作業場だ。  初めて入る作業場の空気は恐ろしいほど張り詰めていた。清七は息を吐き出すのも躊躇った。 「はじめはそこに座って、あ、兄貴達の、し、仕事を見ていろ」  佐太郎は声を潜めて清七に指示した。  室内にはゴリゴリと薬研を転がす音の中に、職人達の熱い息遣いが混じっている。 正場に座る大人たちは一心不乱に仕事に向き合い、雑場の手代や小僧たちも咳払いひとつしない。  雑場の末席に座った清七は緊張で尻の感覚が失われたように感じた。 しばらくすると佐太郎から「清七、線香花火を作るぞ」と朱色の和紙を渡された。 佐太郎は雑場の端で、あたかもはじめて教えるかのように清七に線香花火の手ほどきした。  清七が言われたとおりに試してみる。 と、背中から声をかけられた。 「初めてにしては、なかなかうめえじゃねえか」  源右衛門兄だ。ちょうど厠(かわや)から戻ってきたところだった。  清七の作った線香花に手を伸ばした。 「こいつ、今日が始めてだから、まだ…」  佐太郎が言い訳のように言った。 「こうして逆さに立てた線香花火の頭が少し傾ぐくらいがちょうどいい縒り具合だ」  源右衛門が清七の作った花火は逆さにして立てた。すると花火ははぐにゃりと折れ曲がってしまった。
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