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「花火作りで線香花火は一番難しいんだ。どういう風に花が開くかを一番近くで観察されるからな」
源右衛門が清七の横に腰を下ろした。源右衛門の身体が清七の腕に擦れるように当たった。鼻筋の通った源右衛門の顔が間近に迫り、清七は身を固くした。あこがれの兄貴の匂いが清七の鼻腔をくすぐる。
「どれ、一本つくってやる。よく見てろ」
源右衛門が長身の身体を丸める。慣れた手つきで和紙を広げ、端にわずかな火薬をおいた。
「火薬の量が多過ぎても、少な過ぎてもだめだ」
周りの手代達も作業を止め、源右衛門の手つきに視線を集めた。
源右衛門は両方の手のひらで朱の和紙を挟み、左右の手を捻るようにこすり合わせた。和紙が気もち良さそうに踊った。
ひと呼吸もしないうちに一本が仕上がった。
「こうして手のひら全体で火薬を感じるのだ」
源右衛門が逆さにして立たせると、線香花火は火薬の重みで僅かに頭を傾いだ。
「この縒り加減だ。これなら玉も落ちずに松葉もたくさん開く」
「やっぱり、うめえなぁ」
思わず手代の一人から声が漏れる。
出来上がった線香花火を見つめながら源右衛門が言う。
「火薬は生き物だ。精魂を込めて仕事をすれば、火薬の声が聞こえてくるようになる。縒り方が弱ければ火薬は物足りなさそうな声を出すし、強すぎれば苦しそうな声を上げる。その声が聞こえるようにならなくちゃいけねえ」
清七はゴクリと音を立てて唾を呑んだ。そして、火薬の声を想像してみた。
五月に入り、照りつける陽の中で蝉の声が喧しい。作業場の職人達の額に汗が浮かぶようになった。
鍵屋では納涼期間が迫るに従って、作業場の中の息づかいは荒くなる。
また夏が来た…
と清七は思う。この季節になると、胸にうずくような思いが走る。
大橋の喧騒と着物にしみこんだ汗の臭いは、実の父親を思い出させる。
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