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源右衛門の澄み渡った瞳に吸い込まれる思いだった。
「さ、いつまでもめそめそしていると、花火が作れるようになれねえぞ」
源右衛門はそういうと懐から線香花火を取り出した。
「俺がたった今作ってきた奴だ。お前のために作ってきたんだぜ。ほら、元気を出してここを持ってみな」
源右衛門がへっついからもってきた火種を線香花火に近づけた。
線香花火の赤い玉が膨れ、パチパチと音を立てて松葉が飛び散った。土砂降りだった清七の心の中にポッと小さな火が灯った。
源右衛門兄さんが作ってくれた花火…。
線香花火の素朴な音が心をくすぐる。熟れた果物のようにたわわな赤い玉の中に心が溶かされていくようだった。
その日から清七は泣かなくなった。
寛政五年(一七九三)、の川開きが近くなってきた。
手習い所では相変わらず文次郎の嫌がらせが続いている。
文次郎はだんだんと要求をえげつなくした。佐太郎は店の売り物である手持ち花火にも手を出し、文次郎に渡すこともあった。
手習い所からの帰り道。
浅草橋を渡ったところで清七はこれまで言おうと思っても言えないでいたことを、ついに口にした。
「佐太郎兄貴。今度は文次郎の奴にきっぱり言ってやろうや。このままじゃ、いつまでも花火を脅し取られ続けることになるよ」
佐太郎は二つ年下の清七に言われて反発した。
「お前は、だ、だまっていろ。お、おれは文次郎や権造が怖くて、や、やっているんじゃないぞ。店のためにやってるんだ」
清七は佐太郎兄の顔を見つめた。
「店のためってどういうことさ? どういう訳であんな奴らに黙って店の大事な花火を渡すのさ。僕はもう我慢できねえよ。店の兄さん達に言いつけて、やっつけてもらいてえ」
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