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「いいか、よ、よく聞くんだ。あと十日もすれば川開きだ。川開きになれば鍵屋の花火が大川に毎晩、何十発も打ちあがるだろう」
清七がうなずく。
「その打ち上げ花火を買ってくれる勧進元は、この界隈のお大尽だ。中でも柳橋料亭組合の人たちが一番、たくさん買ってくれているんだ。よ、よく覚えて、おけ」
文次郎は柳町料亭「ゐな垣」の息子だった。
「あ、あいつの父さんがその柳町料亭組合の、か、頭をやっているのさ。だからあいつを怒らせることはうちの店にとって、ま、まずいんだ」
清七は始めて知った。
しかし、だからと言って作業場に入り込み、これから卸す出来上がったばかりの花火を掠め取ることが、店のためになることとはどうしても思えなかった。
その三日後。
清七はそろそろくるなと思った。手習いの間、文次郎の目が佐太郎を射抜いていた。
案の定、手習いが終わると文次郎が門で待ち構えていた。
「この前の線香花火は最高だったぜ。今日はそのことで相談があるんだ」
文次郎の瞳が油のようにギラついた。まるで渡世人のようだ。
「今度は俺も自分で花火を作ってみてえんだ」
文次郎の後ろでは権造がこれ見よがしにポキポキと音とをたてて指を鳴らしている。
「今度は火薬をそのまま持って来いよ」
と言いながら、腕を佐太郎の首に巻きつけ、強く抱き寄せるようにした。佐太郎の顔が怯えでゆがんでいる。
「だ、だめだよ。か、火薬を持ち出すことなんて、ぜ、絶対にできない」
「お前達も店に帰ったら作業場で花火を作っているそうじゃねえか。少しくらいなら持ち出してもばれねえんだろ、え?」
「か、火薬は大人が管理しているから絶対に、も、持ち出しちゃあいけないって…」
「そんなもん、花火だって同じじゃねえか。うまくばれないようにやれよ。それとも何かい。うちの親父からお前の親父に頼めばいいのかい?」
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