瞳に咲く花

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(一) 線香花火  清七の心は弾んでいた。  今日の昼間、父さんに呼ばれた。 「お前(めえ)もこの正月で十歳になる。明日から佐太郎といっしょに手習い所へ通いなさい。いい花火師になるために良く師匠さんの言うことを聞くのだよ」 清七は父の弥兵衛から一冊の本を渡された。手垢で汚れたその表紙は『商売往来』と書かれている。手習い所で使う教科書だ。 「お前の兄さん達が使ったものだ。お前(めえ)も大切に使うのだよ」 「はい!」  清七はまっすぐな目を弥兵衛に向けてから、丁寧に両手をつき、頭を下げた。 弥兵衛は花火屋である。屋号は『鍵屋』。 線香花火や手持ち花火から、夏の納涼の打ち上げ花火まで、あらゆる花火を作り、商っている。江戸唯一の花火屋であり、弥兵衛で五代目になる。歳は三十路を超えたところ。子どもは全部で七人。ただし、血の繋がった子どもは十二歳の長男佐太郎と八歳の長女おみよだけ。あとの五人は貰い子だ。貰い子の筆頭が源右衛門で十五歳、以下、平作が十四歳、みの吉が十三歳、一番下がこの清七で十歳。  清七は鍵屋に来てもうすぐ五年になる。 訳あって通常の奉公に出る年齢よりもずっと幼かった。戻る家はないので、弥兵衛とは親子の関係を結んでいる。  夕食後、清七が喜び勇んで二つ年嵩の佐太郎に言う。 「明日から佐太郎兄さんといっしょに手習い所へ通えるようになったよ。今、父さんからこれをもらったんだ」  懐から使い古しの『商売往来』を出す。清七はうれしくて堪らず、笑みをこぼす。 「そうか、よ、良かったな。字も教えてもらえるし、金の勘定の仕方だって、お、教えてもらえるぞ」 他にも算盤はもちろん、天秤を使って目方を測る方法だって教えてくれる。 「僕は一生懸命手習いをして、立派な花火師になるんだ。ねえ、佐太郎兄さん。兄さんだって同じでしょ?」
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